『恵美の場合』-2
あの日から、僕と彼女は日に数回、メールを交わす仲になっていた……
彼女の周りには、僕の様なタイプの人間は居ないらしく……徐々にではあるが、彼女は僕に心を開いてくれる様になっていた……
学校の話や、バイトの話……彼氏との出会いの事や、ファッションの話など……初めのうちは、たわいの無い話だったが……次第に、僕を兄の様に慕ってくれる様に、なっていた……
『あのねっ……私、小さい頃、知らないオジサンに、悪戯されそうになった事があってねっ……』
「それで……どおなったの?」
『スカート捲られてね……パンツの上から……』
「えっ!もっと変な事されたの?」
『恐くなって……私が、泣きだしたら……そのオジサン……走って居なくなった……』
「危なかったねぇ……」
『うん……でも、あの日以来……年上の人苦手なんだよねぇ……』
「だから、最初に会った時、僕の手が恵美ちゃんの手に触れただけで……過剰に反応したんだね……」
『うん……自然に拒絶しちゃうんだ……』
「僕……恵美ちゃんより、随分年上だけど……大丈夫?……」
『うん……健ちゃんは、全然平気だよっ(*^o^*)お兄ちゃんみたいだし……』
「お兄ちゃんかぁ……」
『恵美のお兄ちゃんだよっ!……嬉しくないの?』
「何か微妙〜っ……」
ある日の僕と彼女のメールのやりとりである……彼女はメールで僕に、今まで誰にも言えなかった様な事まで、相談してくれる様になっていた……僕に恋愛感情は、抱いていない様だが……気兼ねの無い関係に、僕は満足していた……
車の時計は、17時37分……僕は、学校の校門の近くに車を停めていた……今日は、彼女が学校に登校する日である……
通信制高校と言っても、全て在宅で、単位を取得する訳ではない……彼女の場合、週に二・三度通学している……今日が、その日にあたる……別に彼女と待ち合わせをしている訳ではないが……此処で待っていれば……
三本目の煙草に火を灯した時……バックミラーに……自転車を懸命に漕ぐ、彼女が写し出されていた……僕が運転席の窓を開けると……車内に籠もっていた紫煙が、スーッと車外に流れだし……冷たい外気が侵入してきた……
「恵美ちゃん!……」
『うわっ!びっくりしたーっ……』
彼女が僕の横を通り過ぎる時、突然声を掛けた……
『なんだ!誰かと思ったよー。びっくりして転びそうに、なっちゃったよ……』
「今から、学校?……」
『うん……』
「あのーっ……お願いがあるんだけど……」
『何?……ハハッ……電話貸してほしいの?……ハハハハッ……』
悪戯っぽく、彼女が笑う……
「ちっ、違うよ……あのねっ……今日は、僕の誕生日なんだ……」
『えーっ、知らなかったー……おめでとう!健ちゃん……』
「それで……一緒に……食事でも……お願いできないかなぁー……と思って……」
『でも……学校終わるの遅いよ……』
「だから……お願いできないかなぁ、って……」
拝み倒すのは、僕の得意業である……結局、校門の脇に自転車を停めた彼女は……僕の助手席に乗る羽目になった……
『学校サボらせたんだからねっ!……うーんと、美味しいもの、ご馳走してくれないと、承知しないからねっ……』
「はい、はい……」
僕は、満面の笑みをうかべながら、ハンドルを握っていた……
僕は、あるブティックの前で車を停めた……
「よーしっ……食事の前に……先ずは、お買物……」
『お買物?……』
不思議そうな顔をして僕を覗き込む彼女……助手席の扉を開け、彼女の手を取る……僕と触れ合った事に対する、拒否反応は無くなっていた……
『何か……恥ずかしいなぁ……』
試着室のカーテンを、そっと開け、彼女は俯きながら呟いた……
「良い、良い……凄く似合ってるよ……」
彼女は、胸元の大きく開いたアイボリーのセーターに、揃いのショール……スリットの入った黒いタイトスカートを身に纏っていた……
「じゃあ……これで、完成ねっ……」
僕は、黒いハイヒールを差し出した……
今まで着ていた服を、店の紙袋に詰め込み……店を後にする……僕達の後ろで、店員が深々と、おじきをしていた……