『恵美の場合』-3
『この店……高かったんじゃないの？……』
心配そうに彼女が語り掛ける……僕は、紙袋と教科書の入った濃紺のナイロンバックを後部座席に放り投げた……
「平気、平気……学校サボらせた、お詫びの印……それに僕は……彼女無し、趣味無しなんだから……たまには、こんなのも良いんじゃない……」
イグニッションキーを廻しながら、彼女に微笑み返す……
『なら、イイんだけれど……』
「本当はねっ……昔、こんな映画があったんだ……一回やって見たかったの……」
『アーッ……その映画、知ってるかも……パクリじゃん……』
「ハハッ……気にしない、気にしない……」
車内は和やかな雰囲気に包まれていた……
……数十分後……
「はい……お姫さま……今宵の晩餐にようこそ……目的地に到着致しました……」
『……うわっ……此処なの……凄っ……』
僕は、重厚な面持ちの高級ホテルの車寄せに、車を滑り込ませていた……
絨毯の敷き詰められたエレベーターの扉が、静かに開く……小さなホールの奥に……真鍮で細工を施された大きなガラスの扉……扉の向こうから、クラッシックを奏でるピアノの音……
店の中央には、グランドピアノが置かれていた……物腰の柔らかいウェイターが、僕と彼女を窓際の席に案内した……
『ねぇ……此処で、食事……するの？……』
テーブルから身を乗り出して、彼女が僕に小声で耳打ちをする……
「勿論……恵美ちゃんが、美味しい物ご馳走しないと、承知しないって言うからさ……」
「未成年に、ワインはマズイかな……」
『今日は、特別ね……』
「それでは……乾杯……」
『健ちゃん……誕生日おめでとう……』
僕と彼女は、高級な料理に舌鼓を打った……会話も弾み……窓の外には、鮮やかな夜景が広がっている……楽しい時間が流れていった……
食後のコーヒーを飲みながら、彼女がニコニコ笑っていた……窓の外に広がる夜景に、彼女が目を奪われている隙に……この小瓶の中の粉を、混ぜ合わせたコーヒーを……
『あーっ……美味しかった……』
彼女の目の前には、空になったコーヒーカップが置かれていた……
「満足して貰えたみたいで、嬉しいよ……じゃあ、そろそろ帰ろうか……」
『うん……』
『凄く緊張しちゃった……こんな高そうなお店……初めてだったから……でも、凄く美味しかったよ……』
エレベーターホールで、彼女が僕に囁いた……
エレベーターの中に、二人きり……1Fのボタンを押し、エレベーターが静かに動きだすと……彼女の様子が急変する……
『何か……眩暈がするっ……酔っ払っちゃったのかな……』
エレベーターの扉が開く頃には……彼女は、一人で立っている事が出来ず……僕に、もたれ掛かっていた……
僕は、開いたエレベーターの扉を閉じ……17Fのボタンを押した……
『1728』……奇しくも、今僕の腕に抱き抱えられている……彼女の携帯番号の下四桁と同じルームナンバー……
……コンコン……
ドアをノックすると、ドアの向こうで、カチャっと乾いた金属音がした……
「来たね、来たね……待ってたよ……」
不精髭を生やした男が、ドアから顔を覗かせた……
短い廊下の奥に、大きな空間が広がっていた……正面にクラシカルなソファー……ソファーの左手には、分厚い天板のダイニングセット……右手には、大きな観音開きの扉……扉の奥には……キングサイズのベットが部屋の中央に鎮座していた……
「随分、奮発しましたねぇ……」
不精髭の男に話し掛ける……
「当たり前だよ……オマエが……今回は自信ありって言うから……セミスウィートだよ……セミスウィート……」
不精髭の男は、親指を立てて胸をはっていた……
「そんな事、どおでもイイから……早く、お姫さまの顔……拝ませてくれよ……」
「はい、はい……」
抱き抱えていた彼女を……静かにベットに横たえた……肩から、ショールが剥がれ落ち……茶色い髪の毛が、フワリとシーツに広がった……大きく開いた胸元から、首の後ろで結んだ水色のブラの肩ヒモが覗き……露になった胸元は、ほんのり桜色に染まっていた……
「うぉー……イイネ……イイネ……上玉だねー……」
不精髭の男が、気を失って、横たわる彼女の姿を舐めるように観察していた……
「大人っぽく見えても……まだ、十八ですからね……ちゃんと、お願いしますよ……それより、この薬……強すぎるんじゃないの……」
彼女のコーヒーに入れた、粉の入った小瓶をテーブルの置きながら、僕がソファーに腰を降ろすと……傍らには……僕が後部座席に放り投げた、紙袋とナイロンバックが置かれていた……