幼き被害者-3
孤立無援の状況に、そらはますます怯えて震えた。
どれもこれも頭からストッキングを被り、まるでゾンビのように顔が崩れて歪んでいる。
潰れた鼻は呼吸音も煩く、あちこちでシューシューと鼻を鳴らして徘徊している様は、ホラーゲームか映画さながらの気持ち悪さだ。
(たまちゃんから離れろッ!早く離れろぉ!)
叫ぶ事を封じられても、麗世は叫び続けていた。
大切な親友の、玉置そらを守れるのは自分しかいないから……。
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家が近所なのもあり、「ともだち」という言葉を知る前から二人は友達だった。
幼稚園の頃、新しいパパが出来たと麗世はそらから聞かされた。
その時はよく意味が分からなかったが、それはそらのママが再婚したからだと親から教えてもらった。
正直なところ、麗世には理解出来なかった。
この世でパパは一人であり、今のパパ以外の人をそう思う事は、自分には無理だと思った。
事実、そらは新しいパパが来てから、だんだんと元気が無くなっていった。
あまり笑う事がなくなり、どこか寂しそうな表情をする日が多くなっていった。
そして小学二年生の秋、新しいパパは居なくなり、そらの親はママだけになった。
パパが居なくなっても、そらの笑顔は少ないままだった。
特に男子生徒に対しては笑って話すことが無くなり、とりわけ男性教師や父兄が傍に来るだけで表情を強張らせ、口を噤むようになっていた。
複雑だった家庭環境がそうさせたのか、そらの変化は異性への不信感や警戒感、もっと言えば恐怖症となって表れていた。
それは思春期になると更に悪化し、治る気配すら無いまま今に至る。
そして今朝の痴漢被害である。
畳み掛けるような《事件》である。
男性恐怖症の上に、拉致・監禁の恐怖が積み重なる。
やや太めの眉毛は恐怖に歪み、汗に滲む眉間にクッキリと縦皺が走っている。
クリッとしたつぶらな瞳は涙に溺れ、幅広くて低い鼻は真っ赤になっている。
ふっくらとした頬も紅潮しており、口角の下がった薄い唇は嗚咽を堪えてか、プルプルと震えていた。
異常接近する二人の変質者に、そらがパニック寸前に陥っているのは親友の麗世でなくても一目で分かった……。
『考えたんだけどさあ、君の名前ってドレミの音階で出来てるよねえ。だからドレミの音で《オト》って名前はどう?』
「ッ…うッ!たすッ…ひぅ…ッ!助けて…く、だ…ッ…くださ…ッッ」
『音≠ナオト≠ゥあ……不思議な力を持った伝説の女の子みたいな魅力的な名前じゃない?少なくとも[花岡ことは]よりは可愛いよねえ』
そらの笑顔を、麗世は「可愛い」と思っていた。
その思いは幼稚園の頃から変わっていない。
再婚が引き鉄となった性格の変化……だが、時折り見せる笑顔はあの頃≠ニ変わらない。
麗世はそらを守ろうと思うようになっていた。
自然のうちに、そうなっていた。
暗くなりがちなそらの心を照らせるのは、物心ついた頃からの《ともだち》だった自分だけ。
一緒にいれば、そらは笑ってくれる。
物事を後ろ向きにではなく、前向きに考えてくれる。
その思いは〈友情)であり、ある意味では《母性》に近かった……。
「んぎ…ッ!?」
泣き顔がまたも引き攣る。
佐藤と高橋は怯える二人の少女に自らの異常さを知らしめるよう、ニヤニヤと笑いながら新たな《拘束具》を取り出して掲げた。
それは金色と銀色の小さな鈴がついた、白いエナメル革の細い首輪。
更に金色の細いチェーンがついた、ハート形のピンク色のネームプレートまで追加して見せた。
『ねえ、可愛いでしょ?コレはボク達から君へのプレゼントだよ。きっと……イヒッ!?似合うと思うよお?』
『それでコレがその首輪に着けるネームプレートだよ。ボク達が名付けた《オト》って名前をコレに書いて、首から下げて撮影しようねえ』
「ッ………!!!」
当事者のそらはもちろんの事、傍観者の麗世も絶句していた。
首輪を着けるという事は、そらを人間ではなく犬や猫のようなペットとして扱うという事。
支配される者の象徴の首輪を着けられるなど、それはこの変質者二人の理想とする世界に、そらが引き込まれるのを意味する。