睦夫との邂逅―その2-1
気が付くと肩を抱かれてタクシーに乗せられた。新庄が奈岐の手を握りながら運転手に著名なホテルの名前を告げていた。奈岐は握られた手を離すこともできずタクシーに揺られながらかなり酔いが回っているのを自覚した。うかつだと思った。
そう言えば、仕事の打ち合わせ中、何度かちらっと、逞しい新庄とベッドを共に出来たら気持ちいいだろうな、などと妄想して見つめたことがあった。奈岐は、新庄にそういう自分を見透かされたのかもしれない、と思った。
タクシーの中の時間をとても長く感じた。ときどき新庄が顔を奈岐に向けてにこっとしたり、お店でしたように奈岐の手を逞しい両手で握りさするようにした。新庄は奈岐の柔らかくすべすべとした可愛い手の感触を仕合せな気持ちで楽しんでいた。そして奈岐が引き返したりすることを考えないように絶え間なく顔を向けたり、手を握ったりを繰り返したのだった。
奈岐は、それでもどうするか考え続けた。でも強引に何もかも破綻することを覚悟して逃げるか、そのまま行くか、を頭は行き来していた。そのままいくことにも魅力があった。今朝のオナニーは電話が鳴ったために中途半端と言えば中途半端だった。身体のうづきは残っていた。そして、新庄の逞しい身体で抱かれる快感への期待は十分にあった。
決断の付かぬ間に豪華なホテルの玄関に着いていた。タクシーのドアが開き、新庄に手を取られて車を出ると、ボーイが何人もいていらっしゃいませ、と礼をしていた。
ここで騒ぎを起こして逃げるか、そのまま入って行くか、奈岐はまだ迷っていた。騒ぎを起こせば、会社にも啓介にも知られてしまうのは目に見えていた。
しかし、新庄に引かれて歩くうちに玄関を入ってしまい、そこから先はフロントが見えた。フロントにはすぐにつき、新庄が奈岐の手を握ったまま係からキーを受け取り、部屋番号とそこへの道筋を聞いていた。そしてフロントマンが、
「ごゆっくりお過ごしください」
と、それぞれ新庄と奈岐に向かって笑顔で送り出してくれた時、奈岐の心はようやく定まった。
もうしょうがない、ここまでくれば奈岐は覚悟を決めて抱かれようと思った。新庄は奈岐にとって悪い男ではなかった。優しくしてくれるに違いない、と自分を鼓舞した。そして、エレベーターで二人きりになったとき、奈岐は新庄の腕に手を通した。
新庄はにこっとした。
湾岸の夜景の見える眺望の良い部屋に入ると、新庄に、
「お風呂を頂きます」
と言った。シャワーと言うよりお風呂と言えば少し正気を取り戻す時間が取れるし、落ち着いて振る舞えば新庄に乱暴に扱われることも避けられそうだった。そして、もう一つ気になっていたことが有った。今日、家を出る間際にしたオナニーの時、ショーツの着替えをしなかったことだった。オナニーの最中に電話が鳴り、すぐに出かけなければと急いだのでショーツまで着替える時間がなかった。オナニーの快感はショーツに沁みを作っているはずだった。出がけに香水をその部分にシュッと振りかけて済ましたが、いまとなっては湯につかって大事な部分を十分にふやかせて綺麗にしておきたかった。
新庄に万が一にでも不潔な臭いで不快な思いをさせたくなかった。
奈岐は洗面に行き、湯を入れて服を脱ぎ、暖かい湯にしばし浸かった。ゆっくりと湯につかりながら酔いを少し醒ましつつ、どこを愛撫されてもいいように身体を洗い清めた。そして妄想を掻き立て、新庄のあそこをうまく愛撫してあげようと思った。そのやり方はわかっている、新庄に快感を与え、自分の快感も高めたかった。
その間、新庄は、静かに待った。
奈岐はバスローブを纏って洗面を出た。新庄も着替えて浴衣姿で待っていた。新庄が奈岐に近付いてきて、優しく肩を引き寄せ、じんわりと力を入れて抱いた。余裕のあるさすがの態度だった。そして唇を奈岐の口に寄せてキスしてきた。奈岐はキスに応じて新庄と唇と舌を交互にゆっくりと舐め、絡めていった。
新庄は奈岐が受け入れてくれた喜びが溢れて来ていた。奈岐の口を吸いながら若い女体との接触に久しぶりの仕合せを味わっていた。奈岐の方は逞しい新庄の胸に抱かれながら、はじめて夫の啓介以外の男と交わる予感に胸の奥が期待で打ち震えていた。
新庄は優しく丁寧に愛したかった。少し強引にここまで連れてきたのはそうでなければ不可能だったからだが、ここまで来た以上、奈岐に寄せる愛情を精一杯表現して奈岐に心からの仕合せを感じてほしかった。新庄の切ない恋心はもう一年以上前からのもので、はじめて新庄の会社に上司のAと連れだってきて以来、新庄は奈岐に夢中で恋していた。それは二十代の独身の頃、恋焦がれ続けた女性と、同じ名前でしかもどことなくその面影が似た、少女のような臭いを奈岐が持っていたからでもあった。またそれだけでなく年齢を重ねて熟れた蜜がこぼれ落ちんばかりの豊満な身体と、そしてなにより柔らかく優しい落ち着いた、包み込むような雰囲気がどこか男を安心させるものを感じさせたからだ。それが新庄が寄せた、奈岐への恋の正体だった。