幕間 その一-5
3
マレーナはオズベリヒが自室として使用している、城内の応接室に通された。
「姫君の方から会見を希望されるとは光栄です。どのようなご用件でしょう?」
ソファーに座りながら、彼は相変わらずの薄笑いを王女に向けた。
「お母様は、王妃はどこです」
今日処刑されたのは国王と政治家の男性のみで、女性の姿はなかった。
「まさか、いずれ王妃も処刑するつもりなのですか?」
言いながら、マレーナは一歩歩み出ようとする。だが、オズベリヒを護衛する兵士が、彼女の肩を掴んでそれを制した。
「早合点されては困ります。王妃様を罰するつもりは毛頭ございません」
「本当ですか?」
オズベリヒの答えに、マレーナは希望を見出す。
「ええ。王妃様にはまだ役立ってもらわねばなりません」
彼はそう言うと、テーブル上の酒瓶を手に取り、グラスに琥珀色の液体を注いだ。
「それなら、一度で構いません。お母様に会わせてください」
王女は立場を忘れて頭を垂れる。
「お願いです」
彼女は必死だった。
「残念ですが――」
オズベリヒは口に運んだグラスを傾けると、
「それは出来かねます」
無情にも、彼は拒否した。
「何故です? どうして……」
涙をこぼしながらその場に崩れ落ちるマレーナ。
「今はまだ理由は申し上げられません。ですが、いずれお会いいただく機会を設けましょう」
「本当ですか?」
「私は嘘は申しません。お約束します」
「――分かりました」
オズベリヒの言葉に、マレーナは顔を上げて彼に向けた。
「その時が来ましたら、お声をお掛けします。……お連れしろ」
彼は従者に指示を出した。
「もうひとつ――」
マレーナが続ける。
「ウェンツェル・デグリエートは、お父様とお母様をお守りしていた近衛隊の隊長はどうなりましたか?」
もうひとつ気掛かりだった、婚約者の行方について尋ねた。
「ウェンツェル? ああ、貴女の婚約者ですか。我々は彼が到着する前に、国王と王妃をあの塔から連れ出しました。私は彼と顔を合わせておりません」
彼は無事に城から脱出したらしい――マレーナは安堵した。だが、オズベリヒはそんな彼女に
「脱走者は、我々の手の者が行方を追っています。いずれ捕らえることが出来るでしょう」
と、非情な言葉を掛ける。
「喜んでください、婚約者にも会わせて差し上げます――おい」
彼はそう続けると、従者に目配せした。
「こちらへ」
従者はマレーナに手を貸して立たせると、扉を開いて彼女を通した。
(お母様とウェンツェルにまた会える)
絶望の中にいたマレーナに、僅かばかりの希望が見えた。
出来ることなら、ウェンツェルには逃げ果(おお)せて欲しい。だが、彼にまた会いたいという想いも、今のマレーナの正直な気持ちだった。
もう少しだけ耐えよう。再び母親と婚約者に会えるその日まで。
彼女は決意を新たにした。
オズベリヒの従者に先導され、マレーナは塔の自室に戻った。
室内では、先に戻った侍女パウラがひとりで掃除をしていた。
「マレーナ様、お帰りなさいませ」
パウラは手を止めて王女を出迎えた。
「あら? ファニータは?」
室内を見回すが、彼女の姿はなかった。
「ファニータ様はここへ戻る途中で、兵隊の方に呼ばれてました」
「兵隊? オズベリヒの部下の?」
「はい、何かお手伝いが必要だとかで」
兵士が侍女に何を手伝わせようと言うのだろう――マレーナは訝しむ。
「ファニータはあなたに何か言ってましたか?」
「すぐに戻るから先に戻ってなさい、と……」
パウラの表情に不安の色が浮かんだ。
「……分かりました。彼女がそう言うのであれば、そのうち戻って来るでしょう」
マレーナは笑みを浮かべて答えた。パウラを心配させないためであったのだが、その実マレーナ自身も不安に駆られていた。
そして彼女の不安は的中する。
その日、ファニータはマレーナたちの元に戻ることはなかった。
〈つづく〉