幕間 その一-2
それは断頭台――ギロチンだった。オズベリヒはこれから国王の処刑を行おうとしていた。
ラバーン王国では、近年に入ってからは罪人の処罰に斬首刑を行う制度を廃止していた。そのため、かつて使用されていた断頭台は、あくまでも歴史的な造形物として保管されていた。オズベリヒはそれを持ち出し、事もあろうに国王に対して使用するつもりである。鎖に繋がれ、引き連れられて来た罪人のように見えた男たちは国王と、この国の政治を担っていた者たちだった。
一見残酷に見えるギロチンによる処刑だが、実際には受刑者に苦痛を伴わせない処刑法として広まった歴史がある。拷問によるなぶり殺しに比べれば、遥かに人道的で、良心的であるとも言えた。オズベリヒの言う通りであれば、彼のラバーン王国に対する恨みは計り知れないものだろう。その上で、国王の処刑にギロチンを選んだのであれば、彼は単なる殺戮者ではなく、人を殺すことに喜びを覚える異常者でもないことが窺えた。
だがそんなことはどうでもいい。マレーナは踵を返し、部屋の入り口へ向かおうとした。一刻も早く外へ、広場へ行くつもりである。ところが、彼女が部屋を出ようとすると扉が勝手に開いた。
「離してください! 何をするんですっ!」
その直後、ひとりの兵士姿の男に連れられ、両手の自由を奪われたファニータが入ってきた。
「ファニータ!」
マレーナが声を掛けると、その男は手を離して彼女を開放した。
そして彼は続けざまに、
「お三方をしばしの間この部屋から出さないようにと、オズベリヒ様より仰せつかりました」
と言い、その大きな身体で扉の前を塞いだ。
「そこをどきなさい!」
必死な顔を向け、マレーナは男を怒鳴りつけた。
すると、彼は腰の長剣の柄に手を掛け、
「手段を選ぶなと命じられています。姫君が逆らう場合は、侍女を殺してでも従わせるようにと――」
言いながら刃を見せるように鞘から剣を少し引き抜き、男は王女の背後に従うファニータとパウラに目を向ける。
「ひっ……」
声にならない悲鳴を上げる二人。
(二人を犠牲にしたところで、わたしが外へ出ることは叶わない)
結果は分かっていた。ここで逆らえば、侍女二人を無駄死にさせるだけである。昨日のグレンナのように。あの様なことは絶対に繰り返してはいけない。
「――分かりました……従います。二人には手出し無用です」
マレーナは苦渋の選択をした。
彼女の返事を聞くと男は剣から手を離し、最敬礼をして扉から出ていった。すぐにガチャリと、扉が施錠される音が鳴った。
「お父様――」
マレーナは窓際に駆け寄り、広場を見下ろした。断頭台の元に、男がひとり連れて来られたところだった。
「姫様……」
台所で食事の準備をしていたファニータは、外で何が行われているのかを知らない。彼女には王女の重く思い詰めた表情の理由が分からなかったが、それを訊くことも出来ずにいた。
広場では兵士のひとりが、男の頭から被せられていた布を取り去った。その下からは国王バルトロ・イェンネフェルトの顔が現れた。すでに覚悟を決めているのか、その表情は王としての威厳を崩すことはない。
「お父様ぁっ!」
窓から身を乗り出して叫ぶマレーナ。だが広場に集まった兵士たちの声で、その声は届きようもなかった。
「危険です!」
ファニータは王女の肩を掴み、身体を引き戻す。
「あっ!」
外の様子をようやく知ったファニータが驚きの声を漏らした。
マレーナの目線の先では、二人の兵士が力づくで国王を跪かせ、ギロチンの台座に頭部と両手首を固定しているところだった。
「国王様……」
これから何が行われようとしているのか、ファニータも察した。
「――ファニータ、パウラ! 二人とも下がりなさい!」
父親の、国王の最後を見届けるのは、娘である自分ひとりで十分だと言わんばかりに、マレーナは涙声で侍女たちに命じた。二人に残酷な場面を見せたくないという気遣いでもあった。
「は、はい……」
言いながら、ファニータは窓際のパウラの肩に手を添え、室内の奥へ連れて行った。
マレーナは再び広場に目を向ける。
父親の首と両手首はすでにギロチンの台座に固定され、身動き出来ない状態にされていた。
傍らに立つオズベリヒが身を屈め、国王に何かを話し掛けているようだ。最後の言葉を聞こうと言うのだろう。しかし、国王の頭部は俯いた状態で固定されいているため、彼が言葉を発したのかは不明だった。
オズベリヒは態勢を戻すと、側に立つ兵士に合図を送る。ギロチンを操作する執行人である。彼は足を揃えて敬礼すると、操作レバーに手を掛けた。
見下ろすマレーナは目を伏せたかった。だが彼女に伸し掛かる王女という立場が、目を逸らすことを許さなかった。