パルティータ(後編)-13
女は檻の中の椅子にベルトで拘束されている自分に気がついた。男の体が椅子そのもののように思え、椅子は彼の皮膚や骨となって彼女を包み込んだ。彼女の手首と足首を拘束しているものは彼の手であり、胸を縛りつけたベルトは彼の腕であり、女の背中は男の厚い胸肉にゆだねられ、互いの体は澱んだ水が濃さを増していくように溶け合おうとしている。
目の前の大きな鏡に女が写っている。女は鏡の中で微かな笑みを浮かべている。鏡の中の女は、その肢体のどんな部分もすべてが彼のもの……女にはそう思えた。彼女が懐(いだ)いた夢想は彼の夢想であり、夢想はストーリーを女の中に刻んでいく。
不意に性器をくすぐるように座板の穴から棒のような異物が陰唇に触れる。棒だと思っているものは、柔らかく、危うい男の体温を含んでいた。彼女の肉襞が愛おしく棒に巻きつき、性器の中に導いていく。
あうっ…………あっ、ああっ………
一瞬、性器の奥に鋭い痛みが走る。棒を伝って断続的に流れてくる電流。肉襞が引きつり、肉芽と窪みが烈しく収縮する。無数の針で刺され、肉奥が裂かれ、襞が焦げ、洞窟が擦り切れ、痺れるような痛みが女の肉体全体に縦横無尽に走る。
ううっ……………
唇の端から唾液がしたたる。
鏡の中のもう一人の自分がじっと苦痛に喘ぐ女の姿を見ている。悶え苦しむ彼女の肉体にはミシミシと無数の亀裂が入っているというのに、苦痛に波立つ心は残酷なほど澄み切っていた。血流が止まり、棒で充たされた洞窟の中が灼け尽くされ、悶え、のけ反る女は鏡の中の闇に漆黒に塗り込められていく。
ああっ………うぐっ……
一瞬、彼女は肉奥に流れた電流で心臓の鼓動を止められたような気がした。それは永遠へ飛翔した男の射精のように感じた。そして子宮に流れていく生あたたかい精液に含まれた男の存在が女を狂わしく蝕んでいった………。
気がついたらそこはいつもの自分の部屋のベッドの上だった。窓のレースのカーテンに黎明の光が滲み入っている。雨はいつのまにか止んでいた。衣服や下着が床に散乱し、ベッドの中の自分が何も身につけていないことに女は気がつく。
昨夜、どうやって自分の部屋に戻ってきたのか覚えていなかった。城を遠くから見ていた女は、霞んでいた驟雨に包まれていたが、そこに雷の閃光が走った。その瞬間からいったい自分がどこにいたのか記憶がなかった。
部屋の風景がじっと息を潜めている。まるで失った女の記憶を隠しているように。手のひらで胸肌をなぞり、乳首をつまむ。下腹にすべらせ、陰毛の湿り気を感じながら腿のつけ根の柔らかい部分を撫でたり、押したりしてみる。肉体はそこにあるのに、《なぜか自分がそこに存在していない空虚な手触り》………それは誰かによって自分が閉ざされた感覚であり、手脚を伸ばすことも曲げることもできない囚われた感覚だった。
じっと部屋の静寂に耳を澄まし、誰かを見つめ、誰かを感じ取ろうとしたが無駄だった。女に寄り添う肉肌も、体温も、匂いも、呼吸の音もなかった。
翌日、女はあの美容室を久しぶりに訪れた。もちろんあの美容師の男はいなかった。ただ中年の女店主はその美容師のことをよく覚えていたが、七年前の夏、彼が滞在していた丘の上の城に雷が落ち、不慮の火災に会い、行方のわからない彼の遺体は今でも見つかっていないと言った………。