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パルティータ
【SM 官能小説】

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パルティータ(後編)-12

…………
 
女はあのときの美容師の男の夢を見ていた。遠い過去の男だった。なぜ彼の夢を見たのか自分でもわからなかった。でも夢の中の出来事がほんとうに夢だったのか、あるいは遠い記憶のどこかにある現実のことだったのか……。

ぼくのお城に来ませんか………女の耳元で彼が囁いた声が聞こえたとき、女はすでに丘の上にある灰色の城へ続く坂道を歩いていた。
昼か夜かわからない。太陽なのか、月なのかわからないものが空にぼんやりと輝いている。蒼暗く霞んだ空と背中を愛撫するような生あたたかい風。女はやがて丘の上にたどり着き、石で造られた城の前に佇む。欧州で中世に造られたような城は、ほとんどが廃墟に近かったが、かろうじて一部が建物として残っていた。そこがどういう場所なのかわからない。以前、来たことがあるような気がしたが、その記憶を思い出すことはできなかった。

城の中に入ってください……どこかで彼の声が聞こえたような気がした。その声に導かれるように女は城の中に入って行った。
赤い絨毯が敷かれた広い居間のような部屋の真ん中に美容師の男が立っていた。豊かに波打つ黒髪と凛々しい顔立ち、物憂く甘い瞳、どこか気だるさをかんじさせる身体……美しい姿をした彼の風景が鮮やかに女の中に甦ってきた。
部屋には白いレースのカーテンで覆われた天蓋(てんがい)付きのベッドが置かれ、壁のガラスケースの棚には、彼が昔から収集していたといういくつものフィギュアが飾ってあった。ほとんどのフィギュアはコスプレの衣装を纏った少女だったが、そのどれもが檻の中に入れられていた。そしてベッドの傍には丸いガラステーブルがあり、その上には高級ブランデーとグラス、それに細かい細工がほどこされた、やや大きめの檻のミニチュアが置かれていた。
よく見ると、檻の中には肘の付いた奇怪な椅子のミニチュアがあった。それは拷問用の電気椅子です、と彼は女の肩に手をあてながら言った。精密に作られた椅子の背板や肘掛けは細緻で微妙な装飾が施され、手首と足首を拘束する黒いベルトや電流線まで細かく細工されていた。ただ、座板の部分には小さな穴があけられ、それはとても卑猥に見えた。

「あの穴は何なのかしら」と女はいっしょに覗きこんだ彼の横顔につぶやいた。
「女性の性器に電極の棒を差し込むための穴です」と言って男は笑った。
彼女は、その椅子が自分のために作られたもののように感じられたことが不思議だった。細かく作られた椅子のどんな部分も優雅で品があり、ほっそりとした骨組みの絶妙なバランスと、美しい木の色あいは、まるで彼の瑞々しい肉体のようにさえ思えてきた。
彼はそのミニチュアをとても気に入り、毎夜のようにそれを眺めながら眠りにつくことを楽しみにしていると言った。
「ぼくは、これまでその檻の中の椅子に拘束する女性に出会っていません。椅子に拘束された女性は、拷問によってじわじわと苦痛に晒される自分の姿をぼくの前に晒さなければなりません。やがて彼女は自分に与えられた苦痛が至福の快感だということに気がつきます。この椅子にそういう欲望をもつ女性はとても魅力的です」そう言って男は女の肩を抱き寄せた。

彼は女の頬にそっとキスをした。遠い昔からの愛しい恋人にするような優しいキスだった。女と彼とのあいだにある不透明な薄い膜がよじれ、溶けていくようなキスだった。
男は彼女の耳元で囁いた。ぼくは、あの椅子に座らせたい女性が誰であるか、ずっと考えていました。それがあなただということにぼくは気がついたのです。
女は彼の声に酔っていた。男に肩を抱かれながら、まるで催眠術にかけられたように意識が遠くなっていく。彼の像と檻の椅子が重なり、夢想の中の欲望となって渦を巻いてくる。女は欲望の放恣に身を揉まれるようにその夢想に浸っていく。女の衣服がはらりと床に落ち、彼の美しい指が彼女の下着を優雅に剥いでいく。そして彼は女を天蓋(てんがい)付きのベッドに導いた。
女は男とベッドで抱き合った……彼の肉体に埋もれるように。そして彼女は、いつのまにか深い夢に堕ちていった。


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