エピローグ〜父娘(おやこ)の行き着いた場所〜-1
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あれから、六年の月日が流れた。
七月の中旬に差し掛かったこの日は、理恵の命日だ。今日、武司と茉由は午前中から出掛ける予定である。
武司は事前に有給休暇を取って仕事を休みにし、この日に備えていた。彼は現在三十三歳。勤め先では数人の部下を持つポジションに就いている。
「ママ、行ってくるね」
リビングの窓際に配置した、モダンなデザインの仏壇に向かい、厚手のクッションに正座する茉由は、母親の遺影に手を合わせた。
武司は庇うように彼女をゆっくりと立たせ、二人寄り添いながら自宅マンションを後にした。
現在、扉の横には『楠本』の表札だけが、掲げられている。
今年の五月、春に高校を卒業した茉由が十九歳の誕生日を迎えると、武司は彼女の戸籍上の続柄を『子』から『配偶者』へ変更する手続きを行った。晴れて二人は夫婦になり、茉由も武司と同じ楠本姓を名乗ることになった。
「今日も晴れてよかったね」
ハンドルを握る武司はそう言いながら、運転席側の窓を細く開く。街の喧騒と共に、車外の風が流れ込んできた。今年は梅雨明けが早く、数日前から夏日が続いている。今日も空は快晴だった。
「うん。本当に」
すっかり大人になった茉由の長い黒髪が、風になびいた。彼女は年齢を重ねるごとに、母親の面影が色濃く現れてくる。特に後ろ姿は見間違えるほどだ。
二人はこの日最初の用事を終えると、午後からはその足で、理恵の眠る墓地へ向かった。
「今日もママにいい報告が出来るわ」
まだ表情に幼さを残す茉由は、穏やかな笑顔でそう言いながら視線を落とす。
「うん、順調でなによりだ」
武司は助手席の茉由の元へ手を伸ばす。彼女はその手を取ると、自分の下腹部に触れさせた。そこは膨らみがだいぶ目立つようになっていた。
現在、茉由は妊娠六か月。もちろん、子供の父親は武司だ。今日、茉由は午前中に産婦人科で定期検診を受けてきた。母子共に順調とのことだった。
茉由の妊娠が発覚したのは、今年の三月半ばのことだった。生理のないことを不審に思った彼女は、武司にそれを打ち明けた。産婦人科で検査したところ、妊娠二か月とのことだった。高校はすでに卒業式を済ませた後だったが、茉由はそれまでの二か月間、妊娠した状態で通学していたことになる。武司は当時、現役女子高生を妊娠させてしまったことに、少なからず後ろめたさを感じたものだった。
六年前、茉由が中学一年だったあの日の夜、彼女の同意の上とはいえ、武司が娘の処女を奪うことになったあの日以来、父娘は時おり身体を交えていた。初めての時、武司は娘の胎内に精を放出してしまったが、その時は幸い妊娠することはなかった。茉由がまだ学生である以上、無闇に彼女を孕ませるわけにはいかない。そのため、二人がセックスする時、避妊は欠かせなかった。だが今年の一月、「安全日だから」という茉由の言葉を信じ、武司は彼女の膣奥で射精した。妊娠がその時のものであることは明らかだった。すぐに茉由はそれが意図的な確信犯だったことを告げる。当然、武司は娘を叱咤したが、「早くパパの赤ちゃんが欲しかった」という、茉由の涙ながらの訴えに彼は承服するしかなかった。彼女が自分の子供を宿したことに、喜びを感じたことも確かだったからだ。
茉由は安定期に入った先月から、しばらく足が遠のいていた母・理恵の墓参りに、再び通うようになった。理恵は彼女の実家の近く、設楽家の墓で眠っている。今回は理恵の両親への挨拶も兼ねていた。
「お腹の赤ちゃん、ママにとっては孫になるんだよね?」
「うん、そうなるね」
茉由に訊かれ、武司は答えた。
「ママに会わせたかったなあ」
二人の記憶にある理恵は、三十二歳の若い彼女だ。生きていたとしても、今年でまだ三十八歳。もし四十前で孫を持つことになったとしたら、彼女はなんと言っただろうか。
いや、そもそも彼女が生きていたのなら、こんなに早く茉由に子供が出来ることはなかったかも知れない。
「きっと、お母さんはその子のことも見守ってくれてるよ。茉由と同じくらいにね」
そう言いながらも、武司はやや複雑な心境だった。
亡き妻の墓参りと、実家への挨拶を終えた後、武司は家へ向けて車を走らせていた。夕方の六時を過ぎても、夏の陽はまだ高い。明るいうちに家に着きそうだ。
「あの……ね、パパ」
助手席の茉由は、張り出した下腹部を慈しむように抱えながら、運転席の武司に話しかけた。
彼女はいまだに武司を『パパ』と呼んでいる。五月に二人の関係が親子から夫婦に変わったとき、武司は呼び方を変えられないかと茉由に相談したが、
「え? パパはパパのままでしょ?」
彼女はそう言って譲らない。
「だって、わたしのパパから、この子のパパになったんだもん」
と、茉由はまだ膨らみの目立たなかった下腹部に手を当てながら言った。
五月の時点で彼女はすでに妊娠していたのだから、さもありなん。武司は納得するほかなかった。
「ん? なんだい?」
横目で彼女に返事をする武司。
「わたし、安定期に入ったでしょ? だから……その」
顔を赤くして俯く茉由。武司には彼女の意図が全く読めなかった。
「なに? 言ってみなよ」
武司は彼女が安心するよう、笑顔を見せて尋ねた。
「産婦人科のお医者がね、言ってたの。妊娠中期の、安定期ってエッチしても大丈夫なんだって」
彼女は腰回りをモジモジとさせる。