憧れの家族-1
1
楠本武司は二十七歳の、ごく普通の会社員だ。
それほどランクは高くはないが、一応、四年制の大学を出た後、IT系企業にシステムエンジニアとして就職。今年で五年目になる。
そんな彼が突然、十二歳の娘を持つことになった。
それというのも、彼の結婚した相手が子持ちのシングルマザーだったからだ。
結婚相手の設楽理恵とは、出会い系アプリで出会った。彼女は三十二歳、武司より五歳年上の女性である。
当初、武司は結婚の意思などは全くなかった。たまにデートできる相手がいれば、それでよかった。互いを必要以上に束縛しない、都合のいい恋人が出来ばいいと思っていた。ところが、理恵とのデートを重ねるごとに、武司は彼女に強く惹かれ、軽い気持ちではいられなくなっていた。彼女に離婚経験があり、子供がいることはもちろん承知の上で、彼女との結婚を望むようになった。
理恵は十九歳のころ、元夫との交際中に妊娠し、その後すぐに彼と結婚した。俗に言う『デキ婚』である。その後、彼女は二十歳で女の子を出産する。娘が生まれ、幸せな生活が続くと思っていた。ところが元々短気だった夫は、育児疲れのせいか次第に家族へ暴力を振るうようになった。それでも生活のためと、幼い子供を庇いながら、しばらくは我慢し続けた理恵ではあったが、両親や周りの友人知人からの説得もあり、ついに夫との離婚を決意した。結婚して五年目、理恵が二十四歳の時だった。以来、彼女は再婚することなく、両親の助けを借りながらもひとりで娘を育ててきた。
理恵と交際を始めてしばらく経ったころ、武司は彼女に結婚を申し出た。だが、理恵は自分がシングルマザーであることを理由に、彼の申し出を一度は断った。前の結婚生活でのトラウマが少なからずあったことも理由のひとつだった。
彼女が出会い系アプリに登録したのも、再婚相手を探すためというよりは、一時の淋しさを紛らわすためという不純な動機だった。
「わたしはバツイチで子持ちでしょ? そんな女と結婚するなんて言ったら、武司さんのご両親がびっくりしちゃうわ」
幾度目かの逢瀬のさなか、ラブホテルのベッドで武司の腕に抱かれながら、理恵は自虐する。
「それなら全く問題はありません。俺、学生時代に両親とも事故で亡くしてるんです。親戚も遠方にいて、ずっと疎遠なので俺のことなんて気にも止めません。今は天涯孤独みたいなものなんです」
武司は身の上を包み隠さずに語った。
「そんなこともあって、俺は家族ってものに憧れを持っているのかも知れません」
子供のいる理恵と結婚することで、すぐに三人家族での生活を送ることができる。武司にとって、『子持ち』は全く欠点ではなかった。
「この男性(ひと)なら――」
もう一度だけ、信じてみよう。武司の真摯な姿勢に、そう決意した理恵は彼との結婚に承諾した。交際を始めてから約半年後のことだった。
「茉由、この人が新しいお父さんよ」
武司との結婚を決めてすぐ、理恵は彼を自宅に招き、娘に紹介した。
娘の茉由は母親に似て、目鼻立ちのくっきりとした少女だ。艶やかな黒髪が肩まで伸び、肌は透きとおるように白い。まさに美少女と呼ぶに相応(ふさわ)しい娘である。
「茉由ちゃん、初めまして」
ぎこちなく、引きつった笑顔で、武司は彼女に挨拶した。
彼女も笑って迎えてくれるだろう――そう思った武司だったが、茉由はすぐに母親の背後に隠れてしまう。
(人見知りなのかな?)
それもあるのだろうが、このとき茉由は十二歳の小学六年生。思春期に入ったばかりで、なにかと扱いの難しい年頃だ。
「ほら、ちゃんと挨拶しないとダメでしょ?」
母親は語気を強めて言う。だが、茉由は武司に一瞥もくれず、そそくさと自分の部屋へ引き込んでしまった。
「もう、あの娘ったら。ごめんなさい」
「いえ。いきなり知らない男が現れて、この人がお父さんだなんて言われても、混乱して当然だと思います」
武司は苦笑混じりに答える。
「乱暴だった前の夫の印象をまだ引きずってるんだと思うわ。あの人とは全然違って、武司さんはこんなに優しい人なのに」
言いながら、理恵はため息をつく。
「時間は掛かるかもですが、茉由ちゃんからお父さんとして認められるように、俺、頑張ります」
武司が言うと、
「その次でいいから、いい旦那さんにもなってね」
理恵が熱っぽい瞳を彼に投げかけた。