憧れの家族-5
3
五月初旬、茉由は十三歳の誕生日を迎えた。
ゴールデンウィークの最終日となる日曜日、その午後だった。
昼食後、理恵から買い物を頼まれた武司は、自宅からかなり離れたショッピングモールに向けて車を走らせていた。助手席には茉由が座っている。初めての二人きりでの外出だ。
「いい天気だね」
武司は積極的に茉由に話しかけた。学校のこと、好きな芸能人はいないか、今どんなことに興味を持っているのかなど。
「……うん」
だが、彼女はいずれも短く相づちを打つのみで、武司に顔を向けることもしない。
「ごめんね。いきなり二人っきりだと、茉由ちゃんも困るよね」
武司は苦笑混じりに言う。
「お母さんは家中をじっくり掃除したいそうだから、邪魔になる俺たちは外へ追い出されちゃったんだ」
茉由がなかなか武司に懐こうとしないため、二人をしばらく一緒に行動するように仕向けた、理恵のアイデアでもだった。
「それと、今日は茉由ちゃんの誕生日なんでしょ? 買い物リストにケーキも入ってるよ」
「……うん」
茉由は相変わらず、我関せずといった面持ちだ。
ショッピングモールに到着すると、二人は理恵から預かった買い物リストを片手に、あちこちの売り場を歩き回った。
二時間近く掛けて、ひと通りの買い物を終えた。
駐車場の車に荷物を積み終えると、二人は休憩するため、モールの敷地内に併設されたファミレスに入った。
「そうだ、茉由ちゃんの誕生日プレゼントも買わなくちゃね。欲しい物があったら、なんでも買ってあげるから言ってみて?」
武司はアイスコーヒーをひと口啜ると、茉由に尋ねた。
「……え? 別に、いいです」
クリームソーダに浮かぶアイスを、スプーンで突きながら彼女は答える。
「遠慮しなくていいんだよ? 茉由ちゃんは俺の娘なんだし」
「――なんでも、いいんですか?」
茉由は上目遣いで武司を見る。
「うーん、何十万とか何百万もするものだと、さすがに今日すぐには買ってあげられないけど」
クス――ほんの微かに、茉由の口元から笑みが溢れた。
「わたし、そんなに高いもの、思い付かないです」
「そっか、そうだよね。じゃあなにが欲しい?」
「ええと……それじゃあ、ぬいぐるみ」
「ぬいぐるみでいいの? テレビゲームの機械くらいなら買えるよ?」
中学生の子にとっては、高価な物でもせいぜいこのあたりだろう。武司はそう判断して訊く。
「ううん、ずっと欲しいと思ってた子がいて……」
頬を紅潮させる茉由。中学生にもなると、さすがにぬいぐるみは子供っぽいのではないか。彼女は自分でもそう思っていた。
「うん、分かった。じゃあ、この後買いに行こう」
ファミレスを出た二人はショッピングモールへ引き返し、おもちゃ売り場へ向かった。
たかがぬいぐるみと武司は侮っていた。茉由がねだったのは巨大なサメのぬいぐるみだった。予想外の、思わぬ大荷物になった。
駐車場の車まで巨大サメを抱えて歩く武司。周囲からの視線が痛かった。
帰り道、車の後部座席は巨大なサメが独占していた。
「あの、ありがとうございました。それからごめんなさい……」
助手席の茉由がよそよそしく頭を下げる。ぬいぐるみを買ってもらったお礼と、大きなサメを運ばせてしまったことへの謝罪だった。
「いいよいいよ。ちょっと恥ずかしかったけどね」
武司は笑いながら、横目で隣の茉由を見る。
「それから、茉由ちゃん、俺には敬語じゃなくてもいいからね。一応、俺たち親子なんだし」
言った直後に、武司は(自分のことを棚にあげて……)と自虐した。彼も、妻の理恵に対しては、未だに敬語だったからだ。
「はい。でも……ごめんなさい、やっぱり武司さんのこと、お父さんとは思えなくて」
茉由は口ごもりながら、モジモジと俯く。
「――そりゃそうだよね。歳も親子ほど離れてるわけじゃないし」
武司は苦笑いで答える。本日現在、茉由は十三歳で武司は二十七歳。年齢差はわずか十四だ。
だが、武司にとっては、そんなことはどうでもよかった。
ようやく茉由が、自分の正直な気持ちを話してくれた。ほんの少しだけど、彼女は心を開いてくれたのだ。彼はそれがなにより嬉しかった。
「急にお父さんとは思えないだろうから、まずは少し歳の離れたお兄さんとでも思ってくれればいいよ。それならどう?」
茉由に訊くと、彼女はしばらく黙考した後、
「うん、お兄ちゃんが出来たんだって思ったら、少し楽になった」
と、顔に笑みを浮かべて答えた。彼女はすでに敬語ではなかった。武司は彼女との距離が一気に縮んだ気がした。
――参ったな、自分も『敬語とさん付け禁止』という、妻の要望に応えてあげないと。武司は骨身に染みる思いがした。
「そうか。茉由ちゃんの機嫌が治ってよかったよ」
「――それ!」
茉由の口調がやや厳しくなる。彼女はくりっとした、大きな瞳を武司に向けた。
「わたしを娘だと思うのなら、わたしのことも『ちゃん』はやめて」
そうだった。確かに彼女の言うとおりだ。自分のことを父親だと思って欲しいと彼女に要求しておきながら、武司は自ら彼女との間に距離を置いていたのだ。まさに目から鱗(うろこ)が落ちる思いだった。
「そうだね。本当にバカだな、俺は……」
車のフロントウィンドウから差し込む西日が眩しかった。
やがて周囲が見慣れた景色になってきた。まもなく二人の家だ。