搭乗口のHUG-6
柚希ちゃんが赤いスマホの画面を俺に向ける。ショートカットでよく日焼けした女の子が、にっこりと笑ってどこかの海岸に立っている。強い日差しを受けた白いTシャツとショートパンツから伸びる小麦色の太腿がまぶしい。
笑顔が、かわいい。柚希ちゃんの、おっとりほんわかした感じのかわいさとは違って、子供っぽく活発な、ボーイッシュな感じのかわいらしさだ。それでも笑うと細くなってしまう目やそのまっすぐな笑顔、そして白い歯やちらりと覗く歯茎を惜しげもなく晒すようにあどけなく開いた口。ああ、柚希ちゃんの妹だな。
真奈ちゃんがしのちゃんの友達になってくれたら、俺が真奈ちゃんと接するチャンスも生まれるわけだ。そしたら。宮古島異動計画のモチベーションがさらに高まってくる。
「……せんぱい?」
柚希ちゃんのちょっと怪訝そうな声と、相変わらず距離感という名の羞恥心を置かない柚希ちゃんが寄せてきたピンクグロスの唇から漏れる息臭で我に返る。
「ん?あ、ああ……よ、よかった。こんなに早くお友達ができたなら、引っ越しはもう大成功です、はは」
顔が赤く染まるのが自分でもわかる。俺の、ペドフィリアとしての非常に正直な内心に気づくはずもない柚希ちゃんは、コミュ障特有の取り繕うような俺の返事にそれでも笑顔を見せてくれた。
「はい、おまたせしました。怡君特製ルーロー飯セットです」
怡君さんが芝居がかった大げさな仕草でトレイをカウンターに置く。淡い茶色のトレイには、小ぶりだけど深めの丼とスープのお椀そして厚揚げの乗った小皿が並んでいる。丼にはやや大盛りくらいのご飯によく煮込まれた豚肉、それに味玉や青梗菜が乗っている。
「私のお母さんが昔からよく作ってくれていたルーロー飯とおんなじように作ってみたの。まだテストメニューなんだけど、お兄ちゃんに味見してもらいたいな」
れんげで掬ってルーロー飯を口に運ぶ。うう、うまい。見た目の色ほど味が濃くなくて、それでもトロトロとした豚肉は柔らかく口の中で舌触りよく崩れていく。魚のすり身を団子にしたものが三つ入っているスープは、シンプルな鶏ガラでネギの香りがいいアクセントになっている。醤油味に煮込まれた厚揚げは味がしっかり染み染みで、控えめに言ってぜんぶ美味い。
「これ、最高ですね。めちゃくちゃおいしい」
「ほんと?よかった。じゃオーナーと相談して来月からメニューに出そうかな」
さおりさんが使っていたエプロンを着ている怡君さんが微笑んだ。
「評判のメニューになりますよ、ぜったい」
「ふふ、調子に乗っちゃおうかなあ、なんてね」
そう言って、サラリーマン二人連れのテーブルにお冷を注ぎに行って戻ってきたパートさんと笑い合う怡君さんの表情を見ながら食べてるからってわけじゃないけど、このルーロー飯、お世辞でもなんでもなく俺が今まで食べた中華料理の中でもトップクラスの味だ。
「俺、しばらくこのルーロー飯リピートしたいです」
「わ、嬉しい。じゃあ、私のルーロー飯の魅力で、お兄ちゃんをここに引き留めちゃお。へへ、冗談冗談。しのちゃんに怒られちゃうね」
ぺろ、と出した舌がかわいい。
「しのちゃん、宮古島でさっそくお友達ができたそうです」
「そう、よかった。やっぱり引っ越して正解だったんだね。私、さおりさんが大好きだからさおりさんがお店にいないのは寂しいけど、しのちゃんとさおりさんがもっと幸せになれるのなら、ね。それに旅行に行けばまた会えるんだし」
うん、とうなずいた怡君さんが、やけに真剣な表情になって俺を見る。
「だからお兄ちゃんも、できるだけ早くしのちゃんのところへ行かなきゃ。しのちゃんとさおりさん、出だしは上々だけど幸せのパーツはまだ埋まってないんだよ。それを埋めるのはお兄ちゃんだから、ね」
「は、はい」