不安-1
水族館でイルカを観て、マザー牧場で子供のように、二人ではしゃいだ後、私たちは、三時のチェックインを待っていたかのように、三時ジャストにホテルに入った。
予定では、五時に今回会う男とメールで打ち合わせし、彼の部屋に私たちが向かい、そこで、二時間ほど会話をして、その後、一度別れ、別々に食事をして、午後十時に、再び、私たちが彼の部屋を訪れ、そこでプレイをすることになっていた。
妻は最近のセックスでは、しばしば、お漏らししたりするので、そのためのシーツを持参すると言う申し出を彼は拒んだ。それどころか、私たちが彼の部屋で使うためのタオルなども自分で持参すると彼は言ったのだった。いや、それだけではない。彼は私たちのホテル代も負担すると言ったのだが、さすがに、それは断らせてもらった。そこまでされると、遊びではなく、仕事の気分になるようで私には抵抗があったのだ。いや、私ではなく、妻の方にこそ、その抵抗が強くあったように思う。おそらく、妻はフリーランスで仕事をしていたので、そうしたことに少しばかり神経質なのだろう。
最初に会話、一度、別れ、時間を空けてプレイに、と、それを提案したのも彼だった。しかし、それを提案している彼は、おそらく、小説を書いているのが旦那であるところの私だから、と、それがあるのではないだろうか、と、私は、少しばかり不安を抱いていた。妻が繊細な文章を書くことを私は知っていた。しかし、私は、そんな繊細なキャラクターではない。その私と会話し、共感し合えると彼が信じているなら、それは気の毒なことなのだ。
妻が何を書いているのかは知らないが、少なくとも、私には、性を遊ぶような粋さがないのだ。ただ、妻を悦ばせたいだけの気弱な男でしかない。自分の妻を道具のように扱い、他の男に抱かせて妻を辱めるというようなサディスティックな性癖は、私にはないのだ。
何しろ、私ときたら、マザー牧場では、妻よりも子供のように、はしゃいでしまう、その程度の男なのだから。
ゆえに、イルカのショーを観ても、その後、羊と戯れても、私は、心のどこかで不安だったのだ。妻の小説に魅了された男が、実際の夫婦であるところの私たちに、いや、夫であるところの私に、失望してしまうのではないか、と。