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こいびとは小学2年生
【ロリ 官能小説】

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メロンソフトと芝生と世界にひとつだけの笑顔-1


 手荷物重量が規定を超過していたPAXから料金を徴収し忘れた。ハイゼットカーゴを移動させたらノッキングしたまま動かなくなった(エプロンの端からターミナルまでとぼとぼと歩いて戻った)。ワイヤレスイヤホンの充電が切れていた、沈んだテンションを「歩いて帰ろう」を聴きながら上げて帰りたかったのに。
 ついていない一日。けど、そんなことはもはやどうでもいい。改札を抜けていつもならコンビニに寄ってから帰るのだけれど、なんだかそういう気分にもなれずにまっすぐ歩道橋を渡ってアパートへ戻ってきた。トートバッグをベッドに放り投げ、そのまま自分も身体を投げ出すように横たわる。でかいため息をつくと、憂鬱な気持ちがさらに重たくなっていくのを自覚する。
 新卒の内定辞退が想定以上に多く、俺が抜けたあとの人員補充の目処が立たなくなった。それが異動がペンディングになった理由だと、昨日の帰り際に支店長から聞かされた。せっかくやる気になってたのに申し訳ない。そう言って頭を下げる支店長に、俺はフォローの言葉もなくうなずくしかなかった。そのときのテンションのまま帰宅して、惰性で夕飯を食って惰性で風呂入って惰性で寝て惰性で起きて出勤してきた。昨日の夕方以降、何かに対して能動的に考えて行動する気力が起こらない。
 しのちゃんにどうやって、どんなふうに伝えよう。当然ながらその考えはまとまらない。いや、考えられない。しのちゃんの反応を見るのが恐い。悲しむしのちゃんも怒るしのちゃんも、まさかとは思うけれどあっさりと「そうなんだ、ふーん」であっさりと受け流すしのちゃんも、どの反応も俺を砕くには十分すぎる。
 本当なら昨夜もしのちゃんの荷造りを手伝いに行くつもりでいたけれど、そんな精神状態ではてもじゃないけれど笑顔でしのちゃんと一緒にいることはできない。俺の異動の話が進んでいると聞いて喜んでくれたときのさおりさんと怡君さんの笑顔も胸をよぎる。
 チノパンのポケットに入れっぱなしだったスマホがぶいん、とひとつ鳴った。画面にはメッセージアプリの着信通知。発信者はさおりさんだ。

「こんばんは。しのが、お兄ちゃんがゆうべ来なかったって言ってちょっと心配しています。もしかして具合悪い?」

 緑色の吹き出しを見つめながらまたため息をついた。身体の具合はいいんですが、精神的にちょっと。実は異動の話がペンディングになって。そう入力しかけていったんアプリを落とす。さおりさんと初めて会ったあの日、はるかぜ公園で泣きじゃくったしのちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。滅多に泣かないしのちゃんの涙、悲しくて流す涙は二度と見たくない。
 もう一度ため息をつき、アプリのアイコンをタップする。

「こんばんは。すみませんちょっと風邪っぽくって。熱はないので、今晩寝れば大丈夫だと思います、ご心配なく。しのちゃんによろしくお伝え下さい」

 一瞬ためらいながら、送信の矢印を人差し指でタップする。「軽い風邪」なら自分で言ったとおり明日には回復しているだろう。それまでに、しのちゃん達にペンディングの事実を伝える覚悟はつくのか。
 右手に持ったままのスマホがまたぶいん、と鳴る。さおりさんからの返信。

「えー本当?お仕事で疲れてるのにうちのお手伝いなんかさせてしまったからかな、ごめんなさい。お大事にね。なにか食べたいものはありますか?私かしのが届けますから、遠慮しないで言ってね」

 軽い嘘とはいえ、嘘をついた罪悪感が胸を掃く。ありがとうございます、でも大丈夫ですお気遣いなく。さすがに顔文字を添える余裕はない。
 ベッドから起き上がり、よろよろと服を着替える。風呂に入る気力はもうない。冷蔵庫から黒ラベルを出しかけ、ちょっと考えてまた戻す。たぶん今はビールなんか飲んでもうまくもなんともない。
 冷蔵庫の上に転がっていた赤いきつねに電気ケトルで沸かした湯を注ぐ。赤いきつねのスープって先入れだっけ後入れだっけ、まあどうでもいいや食えりゃ。発泡スチロールの丼をテーブルに置いてから、部屋の照明を点けていないことに気がつく。
 五分経ったかどうかよくわからないまま蓋をはがす。油揚げの上にかけた粉末スープが溶けずに残っている。そのまま箸でつまみ上げて口に入れた油揚げはいつもよりも濃い味がするはずだけど、味蕾は特になんの反応もしない。機械的に箸を動かして麺をすすりかまぼこを噛む。今食べているのは実は赤いきつねではなくて緑のたぬきだよと言われても、ああそうですか、と返してしまいそうになるほど、脳神経が食感を認識しない。
 スープがほとんど残ったままの丼と箸をシンクに置き、またベッドにごろり、と寝転がる。そういえば大学受験で第一志望に落ちたとき、合格発表を見に行ったあと家に帰れずに駅前のファミレスで何時間も座っていたことがあったな。日付が変わりかけて、もう親は寝ただろうと思って家に帰ったらまだ起きていて、びくびくしながら落ちたことを伝えたらあっけらかんと「次の学校は頑張んなさいよ」と母親に言われて拍子抜けしたけど、あんときもやっぱり問題を先送りにしようとしたんだよな。いずれ言わなきゃいけないことなのに。
 天井を見ながらぼんやりと思いを巡らす。あれこれ考えていてもしょうがないのに。
 がさごそ、とビニールがこすれるような音が玄関から聞こえた。ドアノブになにかを引っ掛けるような音と、廊下を遠ざかるかすかな足音。ベッドから起き上がり、玄関ドアを開く。レバーハンドルに白いコンビニ袋がぶら下がっている。わずかに開いた口から、ジップロックタッパーの青いフタが覗く。廊下の窓から下を見ると、道路に出てスマホを操作しようとしているさおりさんの姿が見える。
 ダッシュで階段を駆け下りると、その気配に振り向いたさおりさんがちょっと驚いたような表情を見せた。


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