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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−15−-1

 目に映るものの中には、緑の葉の鮮やかな色彩がいっそう多くなり、日を増すにつれて夜の訪れもしだいに遅くなってきた。このところ雨続きの湿っぽい毎日ではあったけれど、昨夜の天気予報によれば、今日は一日、久しぶりに晴れるらしい。長かった梅雨があがって、ようやく本格的な夏がくるのだ。
パジャマから、洗いざらしのTシャツとジーンズに着替えた後、窓際まで行って、カーテンを一気に引きあける。と、それまで薄暗かった僕の部屋の中に、外の明るさがどっとなだれ込んできた。窓をあけて、体半分を外へ突き出し、眩しさに目を細めながら空を見上げる。なるほど。文句なしの快晴だ。
僕は窓を開けっ放しにしたまま部屋を出ると、階段を駆け降り、その足で靴を履いて家を出た。外の空気は、肺の奥まで焦げ付きそうなほど熱く、乾いていた。昨日までの雨がまるで嘘のようだ。車で行こうかな、と駐車場の前で足を止めたものの、結局、歩いていくことにした。どうせ、冷房がききだす頃には、病院についてしまっているのだ。
僕はあれからも、特別な用事がない限り、日曜日には柊由良を見舞っていた。
連日の仕事で疲れて、正直言って立ち上がるのさえおっくうな日もこれまでに何度かあったが、それでも僕を見つけた時の彼女のあの嬉しそうな顔を思い出してしまったら、やっぱりいかないわけにはいかなかったのだ。
炎天下の中をとぼとぼ歩いてやっと病院へたどりついた頃には、額にじっとり汗がにじんでいた。院内はさすがに冷房がきいていて、気持ちがいい。
僕はタイミングよくひらいたエレベーターに乗り込むと、三階のボタンを押した。
少し待つと、ガタンという音の後に、きしみながら再びドアがひらいた。
これだけ何度も足を運んでいると、どこもかしこもすっかり見慣れた風景になってしまっていた。
数人の患者とすれ違いながら、廊下を曲がって、いつものように病室をのぞいたところで、僕は、ふと動きを止めた。
思わず部屋の中を見回してしまった。ベッドの上にも、どこにも、柊由良の姿がない。
いつもならちゃんといるはずなのに。
トイレに行っているのだろうか。それとも、今日は天気がいいから中庭で日光浴でもしているのだろうか。
どちらにしろ、このままここに突っ立っているわけにもいかない。
これからどうしようかと迷っていると、背中から聞き覚えのある声がして、僕は振り返った。
「あれ、畑野さん」
小さく手を振りながら、こっちへ歩み寄ってきたのは畑野さんだった。褪せたTシャツにジーンズ。相変わらずラフな格好をしている。彼女と顔を合わせるのは、初めてここへきて以来のことだから随分と久しぶりになる。 僕は畑野さんに軽く会釈すると、病室の中を指さして、
「いないみたいですよ」
と苦笑した。
すると彼女は肩をすくめて、知ってるわ、と言った。僕の隣りに立って、同じように病室をのぞく。
「柊さん、ちょっと具合が悪くてね。他の部屋で休んでいるのよ。私もたった今、彼女に会ってきたの」
「え?」
思わず声がもれた。
「具合が悪いって・・・」
「大丈夫よ、そんな顔しないで。ちょっとした貧血だってお医者様も言ってたから」
貧血。そうか、貧血か。頭の中で馬鹿みたく同じことを呟いて、胸を撫で下ろしかけたところで、畑野さんが付け加えて言った。
「でも・・・そうね、牧野君には話しておいた方がいいかもしれないわね」
その意味深な言い回しが気になって、僕は首をねじ曲げた。目に映ったのは、これまでに見たこともないような真剣な表情をした畑野さんだった。彼女は僕と目が合うなり、
「ちょっと付き合ってもらえる?」
と言った。
「大事な話があるの」


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