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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−14−-1

 目に映る景色に、随分と緑が多くなった。
湿気を含んだ風がどこからか吹いてくる度に、濃淡の鮮やかな色彩が、さわさわと心地いい音を立てながら揺れている。
僕は、腰の近くまで積み上がったいくつかのプランターの塔を一カ所にまとめ上げると、肩にかけてあったタオルで額の汗を拭った。
それにしても、いい天気だ。
空は悲しくなるほど青く澄んでいるし、日差しも暖かく、白い輝きを落としている。 ビニルハウスの中は相変わらず熱帯地獄だけれど、その分、外に出た時に肌に触れる冷気が心地よかった。
こうしてしっかりと視線を巡らせても、僕を取り囲む景色は、先週まで研修していた施設とたいして変わりないように思える。まぁ、山中と言えばたいていこんなものなのだろうけれど。僕は、天を仰ぐように力いっぱい伸びをすると、心の中で自分に気合を入れ直して、再びビニルハウスへ戻った。
今日が仕事初日であるにもかかわらず、こうして物怖じもせずに難無く仕事をこなしていけるのは、やはり数週間の研修がきいているのだ。あれがなかったら、今頃そこら辺でぐったりとへばりながら、自分に自信をなくしていたに違いない。
それからさらに一つのプランターを完成させたところで、ちょうど休憩の放送が流れた。 僕は吹き出す汗をタオルで拭いながらビニルハウスを出ると、一緒に働いていた入所者のみんなと肩を並べながら休憩所へ向かった。 「お疲れ、牧野君。疲れただろう」
用意されたポットから紙コップへ冷えた麦茶を注いでいると、どん、と肩をたたかれた。危うくこぼしそうになりながら振り返ると、この園芸科の責任者である石垣さんが、口元を弓なりにしながら立っていた。あごの先が外人によくあるように二つに割れている、とにかく体のでかい人だ。
僕はペコリと頭を下げて、 「でも、今日は天気がいいんで仕事もはかどります」
と、笑みを返した。
「それにしてもだよ、君は仕事が速いから本当に助かるよ。いい戦力だ。そろそろ植え替えも終わらせなくちゃいけないからね」
と石垣さんは言った。
ここへくるまで他で研修をしていたことは誰にも話していなかったので、彼は僕が今日初めてこの仕事をしたと思っているのだ。
僕は石垣さんの紙コップに麦茶を注いでやりながら、
「植え替えの次はなにをするんですか?」
と、きいた。彼は、ありがとう、と言って自分の分を受け取ると、それをそのまま一気に飲み干して作業着の袖で口元をぬぐった。 「まぁ、畑もあるしね。あとは、ベコニアなんかはもう売りに出せるし。いろいろ忙しいよ。けど牧野君なら大丈夫。
仕事覚えるの早そうだし、きっとがんばれるさ」
そう言って笑みを残すと、石垣さんはさっきみたく僕の背中をたたいて外へ出ていった。 親熊のような後ろ姿から、自分の手元へ目を戻す。空になった紙コップをゴミ箱へ投げ捨てて、僕は大きく息をついた。

授産施設に限らず、こういった特殊な建物というのは、周囲の住民に迷惑をかけないようにすると同時に、利用者の安全もはかるため、たいてい民家からちょっと離れた場所、例えば山を切り崩したような場所に作られる。 僕のいるところも、もちろん例外じゃない。 自宅から車で三十分くらいの距離なのだが、当然山奥にあって、周囲に民家らしきものはほとんど見当たらない。せいぜいくる途中で、バラックのような小屋がいくつか見受けられる程度だ。


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