奔放 3-1
忘れてほしい。
それが彼女の幸せならば。
「奔放 3」
駅に向かうことにしたのは、高橋と話したことを偶然にも思い出したからだった。
普段一度も思い出したこともなく、俺の中の彼女を形成する要素に含まれていないはずだった「長野県」という場所。
不意に思い出したのだ。
下校途中、駅のポスターを見つめながら長野県に親戚がいると話してくれた。長野には部活の遠征で訪れたことのある土地だったが、彼女の親戚が住むという旧軽井沢に関してはまったくの無知だったために会話は発展することもなかったと記憶している。それゆえに、今まで忘れてしまっていたのだろう。
何かに魅入られたかのような必死さで東京駅に到着したのは18時だった。ここから長野まで約2時間かかる。30分後に出発の新幹線の切符を手にいれてホームに出た。ほどなく列車が目の前に現れる。とりあえずの行き先が定まって安心したのか眠ってしまったらしく、席に着いてから終点の長野で車掌に肩を揺さぶられるまでの意識がない。
軽井沢に行ったからといって彼女に会えるという保障はおろか、彼女がその場所にいるかどうかもわからないのに。
寝ぼけた頭を軽く振りながらよくもまあこんなことをしているとしみじみ思った。強く願ったことに対しては周りも後先も考えない血が自分には流れているのかもしれない。自嘲した。
長野からローカル線に乗り換えて軽井沢を目指す。東京はまだ夏の影が色濃く残っているというのに長野の夜は半袖では身震いするほどに気温が低い。
すでに陽は落ちているので車窓からの景色をうかがうことはできなかった。窓に映る自分と目が合って、脳裏によみがえる平凡な日々の会話。
「塚田が笑わないのは何故?」
高橋も、ともすれば日立と同様に不躾なくらいのまっすぐな言葉を他人に向けることのできる人間だった。
こういうことを「悪びれない」というのか、そう思った覚えがある。
「昔からそうなの?」
返事をしなければ延々と同じ質問を言葉を変えて投げかけてくるところもよく似ていた。
「試合に勝ったときも笑わないよね?」
笑わないつもりはなかったが、感情を表に表わすのは確かに苦手だったのかもしれない。幼い頃から何かしら世話役を買って出ていたからか、責任者たるものは簡単に感情を他人に悟られてはいけないと思うようになったのかもしれない。自分のことだというのに確信できないというのもおかしな話だと思う。要するに、特に意識して表情を消しているわけではない。