その声が僕の名を呼んだ(イラストあり)-1
その日の夜は、なかなか寝付けなかった。目をつむると昼間見た光景が浮かんでくる。するとまた股間が固くなってしまい…考えるのは彼女のことばかりだった。よく知らない彼女を、沙耶のことを。
数日後、僕はまたも、彼女の部屋を覗いていた。その前日もその前に日も、覗き見をしていたのだけれど、彼女は庭を眺めたり、本を読んだりして、あの妖しい行為はやらなかった。でもその日は、期待に満ちた僕がこっそり見守るなか、椅子に真っ直ぐに腰掛けた彼女が、彼女の手がそろそろと自分のスカートをめくり始めた。白い素足があらわになる。
「ねえ。そこにいるんでしょう」
急に彼女が喋った。僕に背を向けたままで、まくり上げたスカートの中に入れた手もそのままで。
「ねえ。光輝(こうき)くん」
はっ。えっ。
名前を呼ばれた。
僕の名を呼んだ。
まさか。
まさか、彼女から呼ばれるなんて思ってもみなかった。びっくりした僕は、とっさに逃げようとした。気づかれてしまった。こっそり覗いていたのを彼女に気づかれた。でも。
「逃げないで。怒ったりしないから。ね」
部屋の中から聞こえてくる声がそう言った。普通の声だった。普通の、女の子の声だ。初めて聞いた、彼女の…声。
怒っているようではなかった。だから僕は立ち止まった。
「こっちへ来て。わたしのそばに来て」
呼んでいる。彼女が僕を呼んでいた。何が起きたのか理解できないまま、その声に引かれるように、僕はふらふらと歩き出した。
「部屋の中へ、こっちへ来て。光輝くん」
また彼女の声がした。ドアを開け、中に入る。彼女の部屋の中へ。
左の壁際にベッドがあった。白いシーツに畳まれた白い毛布。その横に机がある。机の脇に棚があって教科書とか参考書が並んでいる。窓を挟んで反対側にあるのはタンスのようだ。母のものよりも小さい。かわいらしいランプと壁際のスツール。それに彼女が腰掛けている椅子。それだけだった。なんというか、スペースが余っている、部屋の大きさに対して家具の数が少ない。漠然とそう感じた。
「こっちへ来て。わたしのそばに来て」
彼女が呼んだ。これが彼女の声なんだと思った。呼ばれたとおりに彼女に近づく。剥き出しになった白い足に僕の目が釘付けになる。その手は相変わらず白いスカートの中に。
「こっちよ。わたしの前に。そう。そこにいて」
誘導されるままに、彼女の斜め前に立った。
「じゃあ、そこで見ていて。光輝くん」
えっ、と声が出た。名前を覚えてくれていたのは嬉しかった。しかし、どうしたらよいのかわからない。
「見たかったんでしょう。光輝くん。だから、そこで見ていて」
何も言えない。言葉が出てこない。彼女から目が離せない。彼女が僕を見ていた。僕の目を見ている。少し茶色がかった大きな瞳が僕を呪縛する。彼女の手が動いている。もぞもぞと、めくられた白いスカートの中で妖しくうごめている。スカートがさらにめくられ、太ももの内側まで差し込まれた手がちらっと見えた。白い手が、滑らかな白い太ももの、その奥のほうで動いている。僕を見つめたままで、何も言わずに。
彼女の左手は胸のあたりにあった。ゆっくり、その手が動く。胸のふくらみを白い服の上から、手のひらで撫でる。掴むようにしたり、さすってみたり、ずうっと僕の目を見つめたまま。
窓からやってきた風が彼女の髪をもて遊ぶ。蝉の声。すると
「ああ…」
あの日と同じため息が、僕を見つめている彼女の唇からこぼれた。
「ああぁ。う」
彼女の吐息が聞こえる。僕の頭は真っ白になっていた。何も考えられなかった。ただただ彼女を見ていた。
ぼうっとなったまま綺麗だと思った。彼女はとてつもなく綺麗だった。その感覚は現地味を欠いて、まるで夢の中のようだ。
「はっ。ううっ」
蝉の声と彼女のため息。投げ出された白い素足がビクッと動く。白い太ももが、差し込まれた手を挟んだまま、ぎゅっと内側に窄まる。
「…っ」
声にならない息が、彼女の口からもれた。しばらくそのまま動かない。そこに突っ立ったままの僕は彼女と見つめ合う。やがてその唇がこう言った。ささやくような声だった。
「内緒だよ。誰にも言っちゃだめ」
僕は夢中でうなずいた。それからどうやって自分の部屋に戻ったのか覚えていない。気づいたら、自分のベッドの端に座っていた。この前のように股間は硬く勃ったままだった。それに加えて下着の内側が濡れた感触がして気持ちが悪い。パンツの中で、僕は射精していた。