麻衣ちゃんの性の悩み-4
琴美、なかなか踏み込んでいくな。
隣のテーブルにいた、上司と取引先の銀行と阪神タイガースの悪口でがんがん盛り上がっていたサラリーマン四人組がベロベロになって席を立つ。L字型の店舗のいちばん奥の俺たちの席は、俺の後ろは物置につながる通路だから、従業員呼び出しボタンを押さない限り周囲に誰もいない、ほとんど個室のようになっている。有線がアリアナ・グランデから恋のマイアヒに変わる。だからなんなんだこの選曲。
「え、あの……は、はい……」
「でしょー?じゃああとは行動だよ。もしかして理想高いのかなあ」
「や、そんなこともない、と思います……」
「ちなみにどういうタイプが好みなの?」
「え……いや、見た目はあんまり……やさしい人で、あと、うーん、なんていうか真面目な人、だったら……」
「えー、いくらでもいるじゃん。学校とかにもいそう。そういう、やさしくて真面目な人ってたいてい麻衣ちゃんみたいな感じの女の子、好きだよ。麻衣ちゃんも真面目だしさ」
グラスを右手に持ったまま熱弁する琴美と、こく、こく、とうなずきながらそれを聞いている麻衣ちゃんを見ながら、俺は琴美が飽きて放置したあさりバターとポテトフライをつまんでいた。
「あんまりイケメンだと構えちゃうしね。最初の彼は性格重視でいいと思うよ。あたしもそうだったもん」
琴美の最初の彼って、たしかサークルの先輩とかだったっけな。処女喪失の相手だったはずだ。
「怖がってたり、そのうち、なんて思ってたりしたら、どんどん恋愛から遠ざかっちゃうよ。んで」
琴美が麻衣ちゃんにぐっ、と顔を寄せる。
「キスとかセックスとか、さらに奥手になっちゃう」
麻衣ちゃんの顔全体が紅潮し、え、え、と小さくとまどう声が漏れる。
「だから、いや適当につきあっちゃえばとは言わないけど、この人いいな、と思ったらあまりいろいろ考えないでまずはデートしてみたら。で、悪くなかったらキスして、そしたらセックスまでは自然だよ」
テーブルの周囲に店員さんや他のお客がいないか、一応確認してみる。他のテーブルは他で盛り上がってるし、店員さんも忙しそうだし、いまはBONNIE PINKを流しているスピーカーは琴美の左斜め上に設置されていて、うまいぐあいに琴美の声をかき消してくれている。この三人が話していることはたぶん三人以外には聞こえていない。
「……あの」
麻衣ちゃんが、なにかを決心したかのようにぐっ、と唾液を飲み込む。たぶん麻衣ちゃんの視界から俺は実体としては消えている。
「琴美さんって、その、初めてのときって、どうだったんですか?」
「初めてって、デート?キス?それともセックス?」
琴美がくいっ、とグラスを空ける。けっこう回ってきているな。
「……最後の、です……」
小さな声で言う麻衣ちゃんがかわいい。
「あ、セックスね。うーん……どうって、あたしは結構自然だったけどな。つきあいはじめて、どんくらいだったっけな、二、三ヶ月くらい経ってたかな。夜デートして、ちょっとお酒飲んで、で、ホテル入っちゃったんだよね」
ごく、と唾液をもう一回飲んだ麻衣ちゃんが、やたら真剣な顔で琴美を見つめる。
「まあ、最初だからけっこう痛かったよ、あたし部活やってた割りにはちゃんと処女膜残ってたし、さすがにちょっと緊張したからあんまし濡れなかったから。でもまあ、彼氏できたらこういうことするもんだと思ってたから、あたしとしては自然な流れだったな。そんときの彼も、言わなかったけどあんまり経験なかったみたいで、割りとすぐ終わっちゃった感じ。だから処女喪失って、意外とあっけないよ」
この話は前に何度かした琴美とのエロトークで聞いていたし、例によって琴美はあっけらかんと喋るから刺激はない。けど、まだ処女の(琴美情報は正確だったな)麻衣ちゃんにとってはこの手の話自体がタブーだっただろうから、そのリアクションはなんていうかやっぱり、うぶ、で、その様子を見ているとちょっと新鮮だ。
「……やっぱり、痛かった、ですか……」
「うん、入ってくる瞬間と、あと入ってから動かすじゃん?やっぱ奥に向かって動いてるときは痛いよ。でもなんていうか、痛いのよりもあ、とうとうあたしこういう経験してるんだ、っていう新鮮な気持ちのほうが大きかったかな。それにね」
にや、と思い出し笑いする琴美の濡れた歯が天井の照明を受けて白く光る。
「そんときの彼、あんまりおっきくなかったんだよねえ。それも助かったかな」