勃起制御-2
映画やドラマでも最近はそうそう見ないようなベタなむせ方をした。ぐは、ぐわっは、と咳き込みながら、半自動ドアの方に顔を向ける。
「大丈夫だよ誰もいないから。それより自分大丈夫?」
琴美が俺の背中をぽんぽんと叩く。甘酢あんの軽い酸味がツンと鼻に抜ける。げほ、てか琴美まさか。
「いや、げほ、んだよ、ぐほ」
「だってあんた、あたしが彼氏とうまく行ってないときにあたし見て抜いたじゃない」
「あれは、琴美がいきなり、オ、いや、あれし始めるから」
あのことか。この三年ばかり繰り返してきたロッカー漁りや息臭の盗み嗅ぎがバレてたわけじゃないのか。ああよかった。いやよくない。
「だからってまさかあたしの見ながら、それもあたしの部屋でするとは思わなかったんだもん……ま、確かにあんときはあたしもちょっと変なテンションだったし、あんたもそれ以上のことはしなかったからいいけどさ。でも、本来ならああいうの、やるとしても彼女とだよ普通」
やってるさ、こないだの休みも8歳の彼女と愛し合って、ベッドで二発、風呂場で一発それぞれ果てたばっかりだぜ。口が裂けても言えないけど。
「なんか、マジで心配になってきた。ねえ溜まったりしてない?あいつなんか、二週間も会わないでいるとムラムラしっぱなしになるって言ってたけど」
「あ、まあ、うん」
彼女できたからさ、そう言えれば楽なんだけどなあ。言ったら言ったで、「マジ?ねえどんな子?どんな子?いくつ?どこで知り合った?」とかなんとか追求されまくるのは目に見えてるからうかつに言えないし、本当のことはもっと言えない。
「ふーん。じゃああたし、またあんたの餌食になるのかな」
「な、なんだよそれ」
「彼女いないってことはさ、風俗行くか自分でするかじゃん。うちのやっすい給料じゃそうしょっちゅうは風俗行けないだろうから自己処理だよね普通は。そしたら、あたしを思い出してする可能性あるってことだよね」
昼休みに職場でラテ飲みながら言う内容じゃねえぞ。
「ね、もしかして、した?」
「……え?な、なにを」
琴美がいたずらっぽい笑顔になって、ちら、と半自動ドアのほうを見やり人の気配のないことを確かめてから、俺に顔を近づけてささやいた。
「あたしのおまんこ思い出してオナニー」
ラテのミルク臭と琴美の息臭が混じった、琴美の体温を帯びた吐息が顔の右側にかかる。匂いと温度と音声。これで勃起しない素人童貞は医者行った方がいい。
「ば、馬鹿じゃねえの何言って」
「お、慌ててる慌ててる、したんだーやっぱ。ギャラもらおうかな出演料」
「ねえよ、してねえ、って」
嘘つけ、あのあと家帰ってすぐ、翌週くらいにも二回、琴美の濡れたパイパンおまんことその膣臭を思い出して抜いたぞ。しかも琴美と柚希ちゃんと麻衣ちゃんの三人から息臭攻めにあう設定という、「こいびと」は小学2年生だってこと並みに言ったら危険な内容ででも。
「てかさ、琴美なんでいきなりそんな話を」
「や、なんかあたしもムラムラしてんだよねぇ。生理終わったからかな。あいつ、仕事が年末進行に入ったから忙しいとか言って、もしかしたら今度の休み会えないかもしれなくってさ、それわかったら、なんか欲求不満高まっちゃった」
サンドイッチの包装ビニールとペットボトルから剥がしたラベルをコンビニ袋に入れて口を縛って閉じながら琴美が言う。このくらいの内容のエロトークならこれまでに何回もしてるけど、いくら二人しかいない空間とはいえ職場で昼休みにかまされるのはたぶん初めてだ。
「ね、今日飲みいかない?あたしちょっと解消したい」
琴美の言う解消が「ストレス解消」くらいの意味合いなのはわかっている。けど、あのことが、彼氏とうまく行っていないときに酔った勢いだったとしても唐突に俺の目の前で、しかも俺に淫語を言わせてオナニーして、イッたあとの濡れて恥臭を放つ生おまんこを見せてオナペットにさせてくれたことが期待感を励起させる。その期待感が、とっくに硬く勃起している俺の仮性包茎の先端を湿らす。けど。
「あ、俺、今日個人面談入ってるから」
「え?支店長?」
「うん」
「なーんだ、こういう話、あんたとくらいしかできないのに……しょうがない、ゆかりっち誘って恋バナすっかな」
ペットボトルとコンビニ袋を持って琴美が立ち上がる。
「あんた、戻らないの?」
「あ、ああ、これ飲み切ってから」
綾鷹を指差すと、琴美はふーん、と言いながら俺の背後を通って半自動ドアを開け、階段を降りていった。ふうう、と、ため息をつく。そうたいして大きいわけじゃないけど、チノパンって目立つんだよな勃起してると。
北陸の豪雪で新幹線や空のダイヤが乱れている、というニュースが空港駅ホームのデジタルサイネージに表示されていた。うちの便も山形と富山に就航していて、きときと空港の便は視程が悪化した影響で正午発の予定が日が落ちたこの時間でもまだ足止めを食らっているらしい。
雪は降っていないにせよ重い雲がたちこめた空の下、駅からの道を歩く人は少ない。お店もお客さん少ないんだろうな、と思いながらドアを開けると、案の定カウンターもボックス席も無人だ。
「あー、お兄ちゃんいらっしゃい。よかった来てくれて。このままだとお客さんゼロで終わっちゃうところだった」
カウンターの中にいた怡君さんが破顔して言った。
「あれ、今日はチャイナじゃないんですね」