歌うたいのバラッド-2
さおりさんが俺にしか聞こえないような小さな声でささやき、我に返った俺の勃起は未然に収まる。
「あ、あ、はい」
「よかった、実はおまけがあるの。駅前のパティスリーさんから焼き菓子の営業があってね。試食品いただいたんだけど多くて、でもお客様にはさすがにまだ出せないし。あとでこっそり渡すから、おやつに食べてみて感想聞かせてほしいんだ」
そう言ってこっそりウインクするさおりさんの、俺に顔を近づけてささやいたときの温かな息とその息臭そしてしのちゃんとは違う女性らしい体臭に未然形が現在進行系に変化する。いやだから落ち着け俺、人の多い店内で勃起したら動くに動けなくなるぞ。それにしても俺の周りの女性は、まだ子供のしのちゃんはともかくとして、さおりさんといい琴美といい柚希ちゃんといい、なんでこうも自分の息臭や体臭を嗅がれることに無防備なんだ。匂いフェチの俺的にはありがたい限りなんだけど。
コーヒーを飲み干して精算する。オーナーさんはああ言ってはくれたけれど、毎回その好意に甘えるわけにもいかないからちゃんとロコモコ丼セットの代金をバーコード決済で支払う。さおりさんがちょっと大げさな抑揚で、ありがとうございました、と言って、店の外に出た俺にそっとついてきて白い無地の小袋を手渡す。
「クッキーとフィナンシェなの。小さめだけど、バターがいっぱい入っていておいしかった」
後ろ手にドアを閉めたさおりさんが、うー、寒いね、と小声で言ってそう続ける。
「ありがとうございます、ごちそうさまでした」
店内の他のお客さんに見えないように袋を受け取り、胸の前で小さく手を振るさおりさんに会釈して歩き出す。明日は木曜日で、放課後にしのちゃんがうちに来るから一緒に食べようかな。帰りがけにコンビニでしのちゃんが好きな飲み物を買っておかなきゃ。あ、そうだ、もしかしたら「こいびとどうし」のことをするかもしれないから、枕カバーとシーツを取り替えておくか。俺は匂いフェチだからしのちゃんのベッドならむしろしのちゃんのよだれを吸った枕カバーやしのちゃんの寝汗や体臭が染み込んだシーツのほうがいいけど、しのちゃんは違うだろうしな。
大通りに出るとすぐ、背後のコンビニの自動ドアが開くチャイムが聞こえ、背中にぽんぽん、となにかが軽く当たった。振り向くと、モカのチェスターコートを着てランドセルを背負った綾菜ちゃんがにっこりと笑って立っている。
「お兄ちゃんこんばんは。ご飯食べてたの?」