空っぽに-2
「僭越ですが、前回奥様は、ご自分を『解放』なさっていただけていたようにお見受けしています
「そうでしょうか。恥ずかしいです…」
「いえいえ。決して恥ずかしいことなどありません。ああ、もちろん意識なさって何かをわざわざ『さらけ出』されたりはしていらっしゃらないのでしょうが。ですので、今日も是非、そのような気持ちになっていただければと…」
「はい…」
わたしたちはキスを交わしながら、お互いの身体を愛撫する。
「奥様はお口でなさるのもお好きだとお見受けしましたが…」
「抵抗感はあまりないかもしれません。でも、あまりにご立派過ぎて…」
「すみません…。でも、最後は馴染んでいらっしゃったので大丈夫かと。今日は『上のお口』でもご自分を解放されてみませんか…?」
「『上のお口』…ですか?」
「はは…。なんだかおかしいですね。ただの『お口』でいいはずですね」
わざわざ『上のお口』と言うことで『下のお口』と同様に、口であっても性器そのものとして扱う『穴』…ということだろうか。
数時間経ってわたしたちは旅館を出る。今日も女将が帳場から出てきて深々とお辞儀をしている。男が心づけのような封筒を渡している。何か小声でささやき合っているが、内容はわからない…。ヒールを履こうとして少しよろめいてしまう。咄嗟に男が腰を支えてくれる。
外に出れば日も落ちている。今日はキスのあとは『上のお口』をたっぷり責められた。顎の関節はすんなり開いたが、巨大な肉棒に舌の付け根を押され、喉の壁を突かれれば、その度に嗚咽していたように思う。
嘔吐感に何度も襲われて、肉棒を引き抜かれると同時に胃の中のものを戻しもしてしまった。慌ててタオルで拭こうとしたが男は(そんなことは終わってからでいい)とばかりに、すぐに喉奥まで突き入れてくることを繰り返す。胃の中が空になっても、唾液と胃液を何度も男の脚に吐き出し続けてしまった。
男が喉の奥で射精したとき、精液がそのまま食道の辺りに噴き出されている感じがした。わたしは布団にうつぶせに突っ伏す。男がわたしの腰を抱えると、『下のお口』にゆっくりと挿入してきた。下半身にまったく力が入らないのがよかったのか、巨根を根元まで埋められても、特に苦痛のようなものは感じない…。
そんな今日の一連の行為を頭の中で思い出していくが、シーンの間がつながらない。男の前に正座してフェラチオをしていて…その大きさになかなか根元まで呑み込めず…。そんなシーンを覚えているのだが、男が射精したときは仰向けになっていた。しかも、座卓の上で。バスタオルが敷かれた座卓に寝かせられ、机の端から頭を出したところに膝立ちの男が口に押し込んできて…。
ただでさえ頭に血が上りそうな体勢なのに、息ができているの不思議なくらいに喉の奥までいっぱいにされて。涎や汗や涙がみんな額や髪の方に流れていく。今まで味わったことのない感覚。そして喉奥に射精されて、男に身体を支えられながら、座卓から転がり落ちるように布団に突っ伏したのだった…。
旅館を後にして駅に向かってゆっくりと歩いていく。今日も、前回と同じように、出産のような大仕事をして産院からふらふらと出てきたようだ。
身体に刻まれた感覚が、断片的に覚えているシーンがそれぞれウソではないことを教えてくれる。股間の異物感は相変わらずだし、何より今日は、顔の筋肉がすっかりほぐされてしまったのか、掌で下から支えていないと顎が勝手に下がってきそうだ。途切れ途切れの記憶をつなぎ合わせながら歩いていく。
いつの間にか閉じこもっていた『自分の殻』を、この旅館で男に壊されていっているような感覚とでも言おうか…。駅に着いたところで男が礼を言う。
「今日もありがとうございました。…お腹、空いていませんか?」
「え?…」
そう言えば、胃の中は空っぽになってしまったのだった。わたしが空腹を覚えていないか気遣ってくれたようだ。
「大丈夫です。ありがとうございます」
掌を顎に当てたままのわたしは、ちょっと思案でもしているかのような風情で答える。
「ではお気をつけて」
今日も男は次回の約束を急いたりはしない。来た電車に乗って下車駅に着く。今日は歩いて家まで帰れそうだ。
夕食を食べている夫が話しかけてくる。
「なんだ。歯でも痛いのか?」
いつのまにか掌を顎に当てていた。我に返って答える。
「ううん、大丈夫。お行儀悪くてごめんなさい」