ふたつのツーショット-5
俺はランチボックスを膝から下ろし、しのちゃんと一緒に小ぶりな山脈に背を向けるように座り直した。スマホのインカメラを起動し、右手を中空にかざして構図を決める。しのちゃんが、俺の胸に顔をうずめるようにしてぎゅっ、と身体を寄せてくる。その細い肩を抱く。まあ、このくらいなら周囲の人からは仲の良い親子くらいに見えるかな。
親指でシャッターボタンを押す。写真アプリに自動保存された画像に写る俺としのちゃんの姿は、ゆうべ怡君さんが見せてくれたあの中正紀念堂でのツーショットとそっくりだった。
水曜日のカンパネラを歌いながらとん、とん、と階段状の下山路をしのちゃんが下りていく。その後ろをひいふう言いながら追いかけていく俺。下りだから楽だろうと思っていたけれど、そのぶんしのちゃんもスピードが乗っているからやっぱりしんどい。
登山口のすぐ脇にあるJRの駅に着いたときは、背中がじっとりと湿ってシャツが張り付いていた。改札口横に設置されている自販機の前に俺を引っ張っていってミニッツメイドをねだるしのちゃんは汗ひとつかいていない。
すでに入線していた電車のシートに並んで座り、アロエの入った白ぶどう味のミニッツメイドを飲んでいるしのちゃんの隣でさおりさんにメッセージを送る。ランチおいしかったです、ごちそうさまでした。いま下山しました、これから帰ります。さっき撮ったしのちゃんとのツーショットを添付して送信ボタンをタップするとほぼ同時にドアが閉まり電車が動き出した。さっきまで登っていた獅子神山の山肌が強い西日に照らされている。電車がカーブを曲がるとその西日が車内に直接差し込み、キッズリュックを膝の上で抱くようにして座っているしのちゃんの顔を照らす。俺と目があってにへー、と笑うしのちゃんの唾液で濡れたちっちゃな前歯が夕日で光る。ああ、早く二人っきりになりたい、しのちゃんとキスしたい。
「ハイキングたのしかったー。また行きたい」
笑顔のしのちゃんの無邪気な言葉が俺の邪心を閉じ込める。そう、傍目には俺たちは保護者と児童に見えているだろうから、今日のお出かけは「デート」ではなくあくまで「ハイキング」だ。
「ほんとだね、紅葉の季節になったらまた来よう」
「うん!そのときは、ママも一緒がいいな」
あ、それも悪くないな。三人で出かけるのも楽しいかも。来週あたり、みんなでミラモールへ遊びに行ってご飯食べたりしようかな。
乗り換えた電車が俺たちの最寄り駅に近づくと、しのちゃんが大きくあくびをした。ふああ、と吐く息の息臭を嗅ぐ。さっき閉じ込められた邪心が復活する。しのちゃんとのキス、しのちゃんとのペッティング、裸のしのちゃんのぺったんこの胸を触りながら、しのちゃんの息臭をいっぱいに鼻から吸い込む。いやまて、せめて家に着くまでは勃起を抑えろ。
改札口でモバイルICカードをタッチすると、画面にさおりさんからのメッセージ着信が通知されているのに気づいた。タップしてメッセージを開く。
「おつかれさまでした!ランチ、足りたかしら。しののリュックの右側のポケットに鍵が入っています。私も今日は早めに帰るから、夕ご飯うちで食べていって!先に帰って、冷蔵庫の中のビール、飲んでてください」
なんか、ここまで甘えていいのかなあ。でもメッセージの内容を伝えたときのしのちゃんの満面の笑みと「やったぁー」という声はたまらなくかわいく、俺の心を素直にさせる。
歩道橋を下りて右へ行き、アパートの階段を登る。しのちゃんがかちゃかちゃ、と鍵を鳴らしてドアを開ける。ここからはしばし二人っきりになれるけれど、俺の家じゃないし、しのちゃんとのいちゃいちゃは、まあ、おあずけかな。
しのちゃんに手を洗わせ、互いのリュックからランチボックスと水筒を取り出してキッチンへ持っていく。水筒の中の余った飲み物をシンクに流し、ついでにしのちゃんの水筒の飲み口の匂いを嗅ぐ。麦茶の匂いの底にかすかに漂うしのちゃんの唾液の匂い。やべ、おあずけなのに勃起してきた。さおりさんが帰ってくる前までなら、キスくらいはしてもいいかな。