姉の自転車-1
男と女がそういうことをする…ということを知ったのは中学生のときだったと思います。
私には姉が二人いて、中学校に上がったときは上の姉が高校3年生、下の姉は中学3年生でした。
中学校へは片道3キロくらいの道を自転車で通っていました。高校に通う上の姉は、同じく家から自転車に乗って、バス停からバスに乗って町の高校まで通っていました。
ある夏の日、普段の時間になっても上の姉が帰ってこないので、下の姉とバス停まで迎えに行ったことがありました。下の姉は「心配せんでも、じきに帰ってくるからええわ」と言っていましたが、あまりわたしが心配するので渋々付き合って二人で自転車を漕いでバス停まで行きました。
姉の自転車はバス停の辺りには見当たりません。
「〇子ねえちゃん、どうしたんだろうねぇ?」と下の姉に問いかけます。
下の姉は「さあ、なぁ…」と言った切り特に心配している様子でもありません。
「心配じゃないの?」と重ねて問いますが「まあ、大丈夫じゃないの?」と落ち着いています。
二人の話している声が聞こえたのか、バス停の前にあるよろず屋からおばあさんが出てきて手招きします。
下の姉がおばあさんのところへ行って何やら聞いています。
「△子ねえちゃん、おばあさん、なんて言ってたの?」。
「〇子ねえちゃんなら、バスに乗ってちゃんと帰ってきとるってさ」。
「ふぅん。じゃあ、なんで家に帰ってこん?」。
「役場に用事があって立ち寄るって言ってたってさ」。
今にして思えば、上の姉が役場に用などあるわけもないし、そんなことをわざわざおばあさんに言うはずもないとわかりますが、そのときは言われたままに素直に信じていました。それで下の姉と家に戻ることにしました。
真夏なのでまだ薄明かりが残っています。砂利道を進んでいくと、農機具を収めたり農作物を一時的に保管しておく小屋の前に自転車が倒れています。来たときには気付きませんでした。
「あれ、〇子ねえちゃんの自転車じゃなかろうかね?」。
わたしが下の姉に教えます。下の姉は「ああ、あんなところで…」と薄笑いしています。わたしは不審に思って「あんなところで、ってなに? あれ、ねえちゃんの自転車やろ?」と言いましたが、下の姉は急に不機嫌になり「察しが悪いね! いいから帰るよ」と言いました。
家に帰って下の姉が母に何やら耳打ちしています。
母は「ふうん、わかった」と言って夕食の膳を用意しています。
しばらくして上の姉が家に帰ってきました。
「〇子ねえちゃん、役場に行ってたん? 帰りが遅いから心配してたんよ」と言いました。
下の姉が「そやそや。ちっとは目立たんようにせんといかんわ」と言います。
上の姉は下の姉を軽く睨みながら「悪かったね。ちょっと役場に用があったんよ、心配かけたね」と笑っています。
「自転車が小屋の前に倒れてたから、〇子ねえちゃんのかと思ってびっくりしたんよ」と言うと、なぜか母が噴き出して「あんなとこじゃなくったって、もちっとマシな場所がありそうなもんやけどねぇ」と言いました。
下の姉も「そやそや。まだ、体育館でマットでも敷いてすりゃぁ文化的なのに。あん兄さんは成績はよくてもそこまで気が回らんか」と言いました。
上の姉は「バカ。いまさら中学校なんかでできるかいな」とちょっと怒って言いました。
「そんならマットを使わせてほしいって役所に申請しとかななあ」と下の姉がさらに茶化しています。
ご飯が終わって寝床に入りました。
隣の布団にいる下の姉に「なんだかさっぱりわからんわ。一体なんだったん? 小屋に倒れてた自転車は○子ねえちゃんの自転車じゃなかったの?」と話しかけました。
下の姉は相手をするのがいよいよ面倒になったようで「役場に用があったとおっしゃっているんだから、あの自転車は違う人のものやろねえ」と言うと向こうを向いてしまいました。
「『あん兄さん』って誰なのこと?」
「そんなこと言ったかな」
「言ってたじゃない。教えてよ。○子ねえちゃんのボーイフレンド?」
「さあねえ…おやすみ」
そんなやり取りをしてから一週間ほど経った頃、下の姉と一緒にそろばん塾から帰る途中、姉が急に自転車をとめます。走っていた小川の土手から数十メートルくらい離れた先の神社の木立の中で二人の男女が身体をくっつけて何か恥ずかしいことをしているのが見えました。
「ねえちゃん、アレなにしてるん?」
「バカッ、静かにしとれっ」
男女が居るのは神社の社殿の裏側ですが、その向こうの土手が集落の人の通り道になっていることなどは知らないのでしょう。下の姉が土手の裏側の斜面に自転車を倒して草むらに身を隠します。わたしもマネをして同じように姉の横にしゃがみます。男女の風体がどこかで見たような気がします。