混沌とした世界(後編)-5
自分の愛する伴侶が、共に戦う男性どうしで同性愛に目覚めたことで、信仰も伴侶である女性も捨て、あふれる肉欲と熱く心を燃やして戦う興奮に身を捧げたからである。
蛇神ナーガの肉欲とノクティスの殺意。そして、ずっと先の未来で起きた蛇神ナーガと女神の化身の僧侶リーナの接触によってゆがみは、ターレン王国の歴史に影響を与えている。
愛し合う男たちが、ターレン王国の政策に従い仕えた者と、あくまで抵抗した者に分かれて戦い、女性たちを残して死んでしまった。
女性たちの怨念、同性愛の男性たちを呪うために、蛇神ナーガに祈って殉教した女性たちは、蛇神ナーガの贄を捧げ続ける力となった。
ロンダール伯爵をふくめ伯爵の血統が途絶えていないのは、同性愛の傾向がある人物は王都へ流れ、伯爵領には同性愛傾向の人物が祟られなかったからである。
子爵リーフェンシュタールは心は女性であり、さらにヘレーネの伴侶となって、女性の同性愛者となったので、バーデルの都に鎮められている怨念に祟られなかった。
しかし、執政官ギレスやフェルベーク伯爵は殺しあうことになった。
紳士のブラウエル伯爵と美少年の子爵ヨハンネス。このふたりがギレスやフェルベーク伯爵のように凶運で命を落としていないが、バーデルの都で戦が起きればこのふたりも凶運にふりまわされる。
バーデルの都でフェルベーク伯爵と戦うブラウエル伯爵領の兵士は同性愛者の闘士である。美少年のヨハンネスは生け捕りにしようとするだろう。
またフェルベーク伯爵のような顔立ちもよき若い男性は、美少年ヨハンネスと同じようにブラウエル伯爵領へ連行して、貴族たちはこぞって寵愛しようとするだろう。伴侶を引き離される悲しみをたっぷりと味わわせてから、バーデルの都の女たちの怨念はふたりを死へ導く。
フェルベーク伯爵領から離れた王都の宮廷議会の情勢の変化は、ブラウエル伯爵や子爵ヨハンネスを呪われたバーデルの都の地へ、愛し合う同性愛者の貴族のふたりを呼び寄せようとしている。
ゴーディエ男爵は自分に同性愛の傾向があるのに気づいていないが、ブラウエル伯爵になりすましたことで、凶運に巻き込まれつつある。
ロンダール伯爵はもしもバーデルの都に兵士を出して欲しいと、ゴーディエ男爵から頼まれても不戦協定は結んでいるがバーデルの都には関わる気はなかった。
ゴーディエ男爵が女伯爵エステルから、市場や居住地の粛清のために兵士の駐在を求められ、ロンダール伯爵にも持ちかけてくる可能性はメイドのアナベルが予想していた。
ロンダール伯爵は王都の情勢や伯爵領の情勢を、目に見えない影響がどのようにあるのか、そして自分やメイドのアナベルと「僕の可愛い妹たち」が凶運に巻き込まれないように考える。だが、情勢に乗って金儲けをしよう、領地を拡大しよう、王国で権力を握ろうという野心が欠けている。
祓魔師の末裔としてストラウク伯爵やテスティーノ伯爵のように、ターレン王国全体の目に見えない力の影響を危惧するわけでもない。
ゴーディエ男爵は、バーデルの都の領主エステルは不気味だが、眷族に覚醒する可能性は高いと判断した。
また生き血を啜り眷族に加えることで、女伯爵シャンリーと同じようにバーデルの都で虐殺をせずに統治させ、ゴーディエ男爵が蛇神の異界の門が開くための準備を密かに進めるために利用できる協力者としては最適と考えた。
(小娘を犯すのは、あまり好みではないが任務を遂行するためにはしかたない)
ゴーディエ男爵は4人の策謀家の内政官たちが考えているであろう、いずれブラウエル伯爵と女伯爵エステルの代理としてゴーディエ男爵が、闘士たちを率いて戦うことになる予想をくつがえしてやろうと思った。
もし、ロンダール伯爵にゴーディエ男爵が女伯爵エステルを懐柔したいと相談していれば牡のリングと牝の指輪を、ロイドに牝の指輪を渡してジャクリーヌ婦人を手なずけさせたように、ゴーディエ男爵に渡していたかもしれない。
美少女エステルは占いの結果では死んでいる。バーデルの都にいる美少女エステルは、前にロンダール伯爵の邸宅へ訪問した少女とは偽名を使った別人だろうとロンダール伯爵は考えた。
だから、ゴーディエ男爵が女伯爵エステルに呪物を使って手なずけようとしてもかまわないと思ったはずである。
ゴーディエ男爵はヴァンピールの正体をロンダール伯爵に気づかれるのは厄介だと思い、ロンダール伯爵の呪術師の才能に頼ることを避けた。
ゴーディエ男爵は牝の巣に潜伏しているソラナを連れて、バーデルの都へ赴くことにした。
「ソラナには女伯爵エステルを私が犯している間に、誰にも妨害されないようにしてもらいたい。失敗すれば、バーデルの都で戦が起きて人がたくさん死ぬ」
ソラナはゴーディエ男爵が他の女性、それもまだ少女を犯すと聞いて、ロンダール伯爵と同じ幼女愛好の趣味があるのかと心中おだやかではなかった。
政略なのだと思って頭ではわかっていても、嫉妬で胸が苦しくなった。
ゴーディエ男爵が普通の人間ではなく、女性の生き血を啜ることを知っているのは自分だけ。ゴーディエ男爵の秘密を知っている愛人だと思っている。
女伯爵エステルもゴーディエ男爵の秘密を知ると思うと、自分が特別な愛人ではなくなってしまう気がして悲しかった。
吸血された「メス」は気持ち良く眠りに落ちて死ぬ。生きていても救いがない状況から、残酷だが救済されているとソラナは思ったので伯爵領の「メス」への嫉妬はなかった。
「ゴーディエ、今夜、私をメスたちと同じように殺して」
「ソラナ、協力してくれないのか?」
「ゴーディエが普通の人とちがってメスの血を奪って生き残る人を探してきたのは、お館様と話しているのを聞いて知っているわ。女伯爵がゴーディエと交わって死んでしまうなら、私はこんなに苦しまない。虐殺する女伯爵をゴーディエが暗殺するなら、お館様を裏切っても協力する。女伯爵を伴侶にする手伝いなんて嫌なの」