混沌とした世界(後編)-4
帝国宰相ヴァルハザードに対して、平原地帯では奸賊討つべしという声が高まる中で、アゼルローゼは反乱軍の協力者として、王妃ルォリーファを滅ぼすことに成功した。
アゼルローゼはヴァルハザードが復活すると信じて、ヴァルハザードの肉体を消滅させた。
アゼルローゼはヴァルハザードが残した神聖教団の大神官として、ヴァルハザードの復活を待ち続けていた。容姿は少女の姿だが、アゼルのように生き血を啜りヴァンピールにした神官を従えて、神聖教団をまとめさせて存続させてきた。
転生して前世の記憶を引き継ぐヘレーネや、秘術によって時を渡ったアルテリスとは違い、神聖教団の本当の支配者としてアゼルローゼは密かに神官の生き血を啜りながら、教祖ヴァルハザードの復活を信じて待ち続けていた。
星詠みの神官たちの報告を聞いて、深いため息をついたのは、ついにこの時が来たという思いからであった。
ヴァルハザードの記憶は、蛇神のしもべが異界へ持ち去ってしまった。
聖騎士の召喚やホムンクルスによる肉体の錬成は、ヴァルハザードを人為的に復活させようというアゼルローゼの試みであった。
異界へ送り込んだ聖騎士候補が憑依されて帰還しても、ヴァルハザードの記憶は得られなかった。
また復活したヴァルハザードの新たな肉体を用意するため、ホムンクルスの錬成儀式を行ったが、極めて成功例が少なかった。
(聖騎士ミレイユと賢者マキシミリアンを抹殺して、必ずヴァルハザード様の妃となってみせる!)
神聖教団の大神官アゼルローゼの目的はヴァルハザードの復活と、ヴァルハザードが君臨する世界を作り出すこと、そしてヴァルハザードの妃として愛されることだけである。
王妃ルォリーファの生き血を、干からびるまで吸い尽くしたアゼルローゼのことを、ヴァルハザードはすっかり忘れ去っている。
反乱軍が攻め込んできて、祓魔師の騎士とヴァルハザードの死闘の間に、王妃ルォリーファの生き血を吸い尽くしたアゼルローゼが、ヴァルハザードが完全に消滅するのを密かに妨げたのである。
ゴーディエ男爵は遥かに遠方の神聖教団のハユウの都に、ヴァルハザードに仕えていた神官の生き残りの眷族がいることを知らない。ヴァンパイアとなったヴァルハザードの眷族の中で、自分が最も寵愛されなくては許せないというアゼルローゼは、ヴァルハザードがゴーディエ男爵だけは特別扱いにしていることに気がついたら、嫉妬してゴーディエ男爵を滅ぼそうとするだろう。
王の命令で、ゴーディエ男爵を4人がかりでヴァンピールに覚醒させた王の愛妾たちも、アゼルローゼに滅ぼされる可能性が高い。
嫉妬深いヴァンパイアのアゼルローゼ。彼女の襲撃によって、辺境の森に出現する異界の門を祓う計画が妨げられることになった。
ミレイユに手を出したアゼルローゼが、ミレイユの生き血を吸った結果、嫉妬の女神である夜の女王ノクティスの怒りを買い、ノクティスは魔剣以外で行動できる便利な肉体を手に入れることになるのだが、それはもう少し先の話である。
世界は変容し続けている。
ゴーディエ男爵の血縁であるヴィンデル男爵。優秀な王佐の廷臣であるこの人物には秘密があった。
ローマン王の父親ニクラウス王と能臣ヴィンテル男爵が、伯爵領から出て王と忠実なる廷臣となることを選んだのか。
ニクラウス王が、ローマン王しか皇子を残さなかったのは、たしかに潜在する魔力が強く子を作りにくいことも関係があるが、それだけではなかった。
ヴィンテル男爵は、自分の一族の親戚にあたる子を養子にしている。ヴィンテル男爵が直接、女性を孕ませ産ませた子はいない。
ニクラウス王とヴィンテル男爵との間には恋愛関係があった。それを隠すために伯爵領から離れ、密かに男色の関係を続けていたのである。
ニクラウス王の孫であるランベール王とヴィンテル男爵の一族の縁者であるゴーディエ男爵。どちらにもその傾向は本人たちが気づいていないが受け継がれているのである。
ヴァルハザードの淫夢に、ランベール王の肉体に憑依したローマン王の心がなかなか支配されずに耐えられた理由や、ゴーディエ男爵を王宮へ招致してそばに置いた理由は、この本人たちが気づいていない男色の傾向のためだった。
アゼルローゼが神聖教団を存続させるために才能ある神官たちの生き血を啜り、ヴァンピールにしていったのは、本人は気づいていない女性の同性愛者の傾向を持っていたからである。
ヴァルハザードは完全に同性愛の傾向を持たない。ゴーディエ男爵を王都から遠ざけたのは、ヴァルハザードが強く蛇神の力を授かり同性愛の傾向を持たないために、直感的にゴーディエ男爵を遠ざけたのである。
繁殖の男神の蛇神ナーガは、愛と豊穣の女神ラーナを求めている。同性愛の傾向を持たない神である。
嫉妬の女神である夜の女王ノクティスは恋愛に関する心に関わっている神だか、同性愛の傾向を持っている。
そのため蛇神ナーガとは敵対している。蛇神ナーガは恋愛感情よりも肉欲優先の神である。ノクティスは恋愛感情、とりわけ嫉妬に関する神である。
賢者マキシミリアンは気づいているが、愛と豊穣の女神ラーナの異界が自分たちの暮らしている世界であり、蛇神ナーガや夜の女王ノクティスの影響を受けているが、どちらにも支配されることない調和の状況を維持している。
蛇神ナーガの異界に女神ラーナの化身である僧侶リーナが奪われた。しかし、心は呪物の錫杖と共に蛇神ナーガの異界、淫獄の世界から逃れたが、この出来事で生じたゆがみは、魔族だけでなく、世界の男性の同性愛者の傾向を目覚めさせることにもなった。
女性の同性愛傾向は、別の時代には火の神とも呼ばれたノクティスの影響から存在していた。
神々の接触や争いは、過去の歴史にも影響を与える。ターレン王国はその影響を色濃く受けている土地であった。
かつて、蛇神ナーガを信仰する信者を弾圧した戦いで、女性信者たちが絶望して恨み、命を絶って呪詛を行った。