混沌とした世界(後編)-11
メイドのアナベルは、ゴーディエ男爵に微笑を浮かべて言った。フェルベーク伯爵領では衛兵が貴族と市民の街には「メス」を入らせない。ソラナを伯爵の邸宅に招き入れることができない事情をアナベルは理解している。
ゴーディエ男爵は一瞬、アナベルにヴァンピールではあるが吸血の必要がなくなったので、ソラナがいればフェルベーク伯爵領に滞在していなくても問題はないと遠回しに指摘されたような気がして、ドキッとした。
「ゴーディエ男爵、僕の邸宅にも立ち寄ってくれる?」
ロンダール伯爵がゴーディエ男爵とソラナに言った。「僕の可愛い妹たち」は王都や貴族に憧れている。ロンダール伯爵は「僕の可愛い妹たち」の憧れを自分が傷つけるのは嫌なので、ゴーディエ男爵から実情を伝えてもらえれば自分が「僕の可愛い妹たち」の慰め役に回れると考えている。
シャンリーは執政官ギレスをフェルベーク伯爵領に潜入して、伯爵の邸宅で惨殺している。執政官ギレスがシャンリーに殺されたので、貴族たちがかわりに誰かを伯爵に仕立て上げている、または、不在のまま貴族たちが統治していると見抜いていた。
だが、それを告発すると執政官ギレスを殺害したのが、女伯爵エステルだと騒がれても厄介なので、フェルベーク伯爵領の貴族を利用するつもりで告発せずに放置していた。
フェルベーク伯爵領の策謀家の4人の貴族たちにゴーディエ男爵は、女伯爵エステルから兵士を一時的に使わせてもらいたいと申し出があっても応じないこと、フェルベーク伯爵は病に臥しているので面会には応じられないと返答するように指示しておいた。さらにエステルは奴隷市場を伯爵の自治権を行使して、女伯爵シャンリーとの契約は無視して封鎖できるのだと脅かしておいた。
「下手に関われば、足元をすくわれるから、今は絶対に女伯爵エステルに接触しようとしてはいけない」
ゴーディエ男爵の警告を無視して4人の策謀家たちが女伯爵エステルと取引をして利用されても、ゴーディエ男爵は、フェルベーク伯爵として厄介事に巻き込まれる気はない。
しばらく病に臥せっていることにして、宮廷への出仕をしないのは王都の貴族のよくやる手口である。面会を避けたい時には特に使われる。
そのままゴーディエ男爵が行方をくらましたとしても、4人の策謀家の貴族たちは4人でフェルベーク伯爵の亡くなっていることを隠し続けるだろう。
伯爵領は後継者がいない場合、執政官が管理者として置かれた国王の直轄領となり、その自治権を失う。
フェルベーク伯爵領は、王の直轄領とはちがう制度を制定して統治している。フェルベーク伯爵は、女伯爵シャンリーのように養子でも後継者を残してはいなかった。自分が暗殺されると思っていなかったのかもしれない。
国王の直轄領となれば、フェルベーク伯爵領の自治権を行使して作られた独自の制度は失われる。
伯爵を暗殺した事実を知るのは、とどめを刺した執政官ギレスもすでに殺され、ゴーディエ男爵と自分たちだけだと信じている。
ロンダール伯爵も占術によってすでに、執政官ギレスとフェルベーク伯爵の死を把握していると知れば、4人の策謀家の貴族たちは、恐慌をきたすだろう。
この世界には、目に見えない力が存在していて、贄にされるかどうかの命のやりとりが行われている。
王都の貴族たちや4人の策謀家の貴族たちは、目に見えない力など信じない。ゴーディエ男爵も、ヴァンピールに覚醒するまではそうだった。
シャンリーは、バーデルの都に鎮められた怨念の解放、スヤブ湖の祟りの復活などに失敗し、ターレン王国には蛇神の力に対抗する護りの力があり、現在の伯爵たちは護り手として、蛇神の力に抵抗していると考え、抹殺することにした。
バーデルの都で虐殺を実行し、さらに巨大な頽廃的な歓楽街にして、蛇神への贄を捧げ自らの呪力の強化を狙ったが、知識や呪力の才能では、ロンダール伯爵に及ばないと感じた。
スヤブ湖の祟りの復活では蛇神の贄を捧げることを、ストラウク伯爵の結界の罠で阻まれて、危うく殺されかけた。
バーデルの都のバルテット伯爵は、ランベール王の肉体を奪ったローマン王の亡霊によって殺害された。
フェルベーク伯爵は、シャンリーを排斥した執政官ギレスが殺害した。
シャンリーはエステルという美少女の肉体と自分の肉体を交換して、領主の地位から排斥され処刑される凶運から逃れていた。
テスティーノ伯爵をシャンリーは暗殺したと思っているが、執事でテスティーノ伯爵の片腕というべき人物ベルガーが殺害されている。
執政官ギレスはフェルベーク伯爵になりすましていたので、シャンリーがフェルベーク伯爵を暗殺するために邸宅へ潜入
したのと遭遇し、殺害されている。
ロンダール伯爵とストラウク伯爵は呪術の使い手であり、エステルの肉体に宿る才能が以前の肉体よりも上であっても、力を引き出せていない現状では、まだ勝てる気かしない。
他の残る伯爵たち、リヒター伯爵、ベルツ伯爵、ブラウエル伯爵の3人を先に始末することを狙っていた。
バーデルの都の闇商人エラルドに盗賊たちが集まる闇市やフェルベーク伯爵領の貴族が上客の奴隷市場の些事は任せ、シャンリーはバーデルの都を自らの拠点とするため、エステルを養子として後継者にすることで、意識はシャンリーであることを隠して女伯爵エステルとして、呪われたバーデルの都の領主の地位、滞在するための邸宅、女伯爵としての自治権などを取り戻した。
シャンリーはランベール王の肉体にかけていた呪詛の術が、護りの精霊フェアリー、ランベールを慕うメイドの亡霊が怨霊に変化したウィル・オ・ウィスプ、賢者マキシミリアンと妻のエルフ族の王族
セレスティーヌ、教祖ヴァルハザードによって破られている事に、エステルの肉体を奪ったため気づいていなかった。シャンリーの肉体であれば、強力な呪詛の術が破られた事による影響の逆凪を受けてしまい、処刑されていなくても落命していたかもしれない。