混沌とした世界(中編)-8
フェルベーク伯爵は、バーデルの都の奴隷市場の利益を得る権利をロンダール伯爵は3割、自分は7割で契約するかわりに、奴隷市場を再開させる資金援助を全額出資した。
執政官ギレスからの居住地の復興の資金援助の相談を受けて、フェルベーク伯爵は、自領の闘技場や貴族と市民のための街の建造を優先したのでギレスの申し出を拒否した。ギレスはフェルベーク伯爵と結託して女伯爵シャンリーを排斥したので、バーデルの都の復興にフェルベーク伯爵の資金援助をあてにしていた。
奴隷市場は利益を生むが、市場や居住地を建て直しても利益を生まないと拒否されたので、ギレスは代案として、闇市となっている市場から賄賂を上納しなければ取り締まると盗賊たちと交渉した。
反発して執政官ギレスを逆に脅すことを考えた盗賊がいた。
フェルベーク伯爵に執政官ギレスが賄賂を商人に要求して、価格の吊り上げを指示しているという匿名の手紙を送った。フェルベーク伯爵は執政官ギレスと関われば、ギレスが処罰される時に巻き込まれると判断した。
フェルベーク伯爵に密告した盗賊は、フェルベーク伯爵領で殺害された。
闇商人エラルドが闇市の顔役になれたのは、フェルベーク伯爵が市場を仕切っていた盗賊を、口封じのために殺害したからである。関わりを避けたがフェルベーク伯爵は、恋人だった執政官ギレスを王都へ訴え出るつもりはなかった。
フェルベーク伯爵に寵愛する少年を奪われた貴族の4人の内政官は、復讐のため執政官ギレスに、フェルベーク伯爵暗殺と、執政官ギレスがフェルベーク伯爵になりすます陰謀を持ちかけた。
執政官ギレスは、闇市を密かに容認することで賄賂を得ようとした事実をフェルベーク伯爵が知って、避けられたことを理解した。奴隷市場の利権を得るために利用されただけだと考えた。
執政官には自治権はない。市場の品物が不正に値上げされているのを、密かに容認した事が王都の宮廷議会に発覚すれば裁かれて失脚するだけでなく、処刑されかねない。女伯爵シャンリーを陥れたことをギレスが王都で自供する前に、フェルベーク伯爵に抹殺される可能性はかなり高い。
執政官ギレスは、フェルベーク伯爵領の主要な内政官たちの陰謀に加担することに決めた。
フェルベーク伯爵は、肉欲を高揚させる蛇神の心への影響を受けていた。その結果、4人の内政官に恨まれた。執政官ギレスもフェルベーク伯爵になりすましているうちに、少年を邸宅に招き乱行するようになった。その隙をシャンリーに狙われて殺害された。
シャンリーは、排斥したギレスと寝室にいた少年2人を殺害してフェルベーク伯爵領から、バーデルの都に逃亡した。
ギレスは全裸になったエステルを見て、シャンリーのそばにいたメイドだと気づいた時には、蛇神のナイフで喉を切られていた。
惨殺の時が過ぎ去った。
3人を殺害したシャンリーは、蛇神のナイフを呪術で自らの身体に隠した。
腹部に浮かびあがった魔法陣に、血塗れのナイフを刺すように収める。
翌日、寝室の床にギレスの生首が転がっていた。
「ここで、ギレスは殺されたのだな?」
奴隷市場に来ていた4人の内政官、コンラート、エルマー、グンター、フェルモは、ゴーディエ男爵をフェルベーク伯爵の邸宅に招いた。
「この伯爵領が、執政官が派遣されて来て、直轄領の法律と同じになるのは望んでいない。だから、フェルベーク伯爵は生きていることにしたいというのが、4人の考えなのだな」
「いかにも、しかし、ギレスを殺害した刺客の少年についても、誰が伯爵を殺害しようとたのかも不明なのです」
コンラートはゴーディエが小貴族ではなく名門貴族の中でも由緒ある血統にあたる人物だと気づいた。
ゴーディエ男爵の血縁であるヴィンデル男爵が亡くなったあとの宮廷議会の分裂で、都落ちしたコンラートをふくめ、内政官の4人は男爵の爵位である。
フェルベーク伯爵領に流れてきた貴族の外戚の者たちより、格上として扱われてきた。
(フェルベーク伯爵領ならば、バーデルの都に干渉することもできる。今はフェルベーク伯爵になりすましておき、王と法務官レギーネの判断にゆだねるか)
こうして、ゴーディエ男爵はフェルベーク伯爵として、フェルベーク伯爵領に滞在することになった。
「ゴーディエ男爵に伯爵の爵位を与えてやるか」
「そうなると、宮廷議会をまとめる者がいなくなってしまいます」
「レギーネだけでは荷が重いか?」
「ゴーディエ男爵は忠臣ヴィンデル伯爵の血縁、私より威厳があります」
法務官レギーネからは、そのままフェルベーク伯爵として滞在するようにという手紙がフェルベーク伯爵領へ届いた。
執政官ギレスはバーデルの都を放棄して王都に潜伏しているのが発見され、投獄されたとして処理された。
女伯爵シャンリーの後継者のエステルが爵位と領主の地位を継承しているので、どちらにしても執政官ギレスは地位を剥奪され、バーデルの都でエステルに仕えるか、バーデルの都を捨て平民として暮らすしか選択できなかった。
王都の宮廷議会と伯爵領の伯爵たちを切り離している体制をモルガン男爵が、王都の名門貴族が実権を握るために確立した。伯爵は王都の宮廷議会に参加できない。ゴーディエ男爵はフェルベーク伯爵領の領主ではなくランベール王の腹心として、バーデルの都に異変を引き起こした後は、伯爵領を捨て王都へ帰還するという計画となった。
(バーデルの都に贄を求める蛇神の異変が起きれば、フェルベーク伯爵領の貴族たちは、自分たちの安全のためになら、自領の女性たちをすぐに捧げるだろう)
ゴーディエ男爵はフェルベーク伯爵になりすましてみて、フェルベーク伯爵領が独特の女性を虐げている制度で統治していることに驚かされた。
男性の貴族と市民は優遇され、市民ではない平民階級と生まれた時から家畜と変わらない扱いの女性たちは虐げられる。
女性は働き、伯爵領の子を生産するための生きた道具なのだった。