混沌とした世界(中編)-10
「ソラナ」
「私はゴーディエという。ソラナ、どこから来てフェルベーク伯爵領にまぎれ込んだ?」
ソラナは正直に言うべきか、嘘をつくべきか、一瞬、返事をせずに考えた。
「このフェルベーク伯爵領の女は、長い髪をまとめてひとつに結わいている者が多いからな。ソラナの髪型がちがうので聞いてみただけだ。答えたくないことには、答えなくてもいい。私も、ソラナの質問には言いたくないことは答えない」
ゴーディエはそう言いながら、ソラナの服の上から、乳房のふくらみにそっと手のひらを重ねた。
「さわらないで!」
「あまり大きくないのだな」
「くっ、文句があるなら、今すぐ手をどけなさいよ!」
「揉みやすい、これはいい」
「ちょっ、んんっ!」
ソラナが顔を赤らめうつむき、あえぎ声が出るを必死にこらえた。
ゴーディエ男爵は、フェルベーク伯爵領の「メス」にはない恥じらいの様子に、じっくり責めてみたくなった。
(何者なのかしら、フェルベーク伯爵領では、女を犯すのは豚を犯すのと同じと思われているのに)
「……ソラナ」
名前を呼ばれてソラナは思わず、ゴーディエ男爵の顔を見上げていた。
「あっ!」
ゴーディエ男爵の真紅の瞳を見つめているソラナの頭がぼんやりして、身体から力が抜けてふらついた。ゴーディエ男爵の腕の中でもたれかかってしまう。
そのまま、ソラナの唇が奪われた。
ゴーディエ男爵の唇が離れた時、ソラナの胸が激しく高鳴っていた。唇の感触が生々しい。
ゴーディエ男爵の手がソラナの胸のふくらみをゆっくりと揉みまわし、唇が重ねられる。
胸を揉まれている快感と、ゴーディエ男爵が口の中に入れてきた舌がソラナの舌を絡め取る感触が溶け合って、ソラナの身体を火照らせていく。
「むぐっ、んっ、んんっ、ふあっ」
長いキスのあとソラナのゴーディエ男爵を見つめる瞳は潤んでいて、頬は赤らんでいた。
「ソラナ、私とするキスの味はどうかな?」
ソラナは何も答えずにうつむいていた。キスがこんなに気持ちがいいと感じたことはなかった。
「ソラナ、もっと気持ちの良いことを教えてあげよう」
ソラナが翌朝、ベッドで全裸で目を覚ました時には、ゴーディエと名乗った男性はいなかった。
そして、眠り続けている「メス」が隣にいる。隣に人が眠っているのに、ゴーディエに愛撫されて、いつの間にか疲れ果て、眠ってしまったらしいとソラナは思った。
自分の牝の花には、ゴーディエの精液は残されていないようだった。
隣で眠っている「メス」の内腿にはゴーディエの精液の残滓が乾いて残っているのを見て、弄ばれて約束通り犯さずに立ち去ったらしいと気づいた。
フェルベーク伯爵領へ潜入して「メス」を手なずけた。村や街へ潜入する機会をこの「メス」の家に潜伏して狙っていたのである。
キスをしたり、愛撫をして「メス」の心を蕩けさせて手なずけた。それと同じようにソラナをゴーディエと名乗る男は陥落させておきながら、犯さなかった。
(この伯爵領の者なのかな。「メス」を犯したあとだったから満足してた?)
ゴーディエがフェルベーク伯爵領の男性だとすると、家畜を犯す趣味ということになる。
(胸が大きい女が好みだったってことなのかな?)
ソラナはロンダール伯爵領から密偵として侵入した者だった。ロンダール伯爵の一族は、呪術師の一族である。
「ゴーディエ?」
ロンダール伯爵は、ソラナの報告を、フェルベーク伯爵領の境にある宿場街でメイドのアナベルと聞いていた。
男性を潜入させると目立ちすぎると考えて、感応力はいまいちだが、おそらく盗賊をやらせたらかなりの腕前と思われる
ソラナをフェルベーク伯爵領へ偵察に行かせた。
「その犯された女性は眠り続けた?」
「3日間、様子をみていたんですけど、ずっと目を覚ましませんでした」
ロンダール伯爵とメイドのアナベルが顔を見合せた。ロンダール伯爵が以前に呪われた眠りの呪いのようだと思った。
「目を覚まさないで、そのままその女性は衰弱して死んでしまうのかも」
「メスの巣を5ヶ所ほど調べて、他のメスの巣でも、眠ったまま亡くなる女性がいたようです。もし、ゴーディエと名乗る者が行っているとすれば、私も殺されるところでした」
ソラナは男性を相手にするよりも、女性を手なずけるほうが得意である。ソラナに手なずけられた女性は男性との交わりより、同性のソラナの愛撫に夢中になることがほとんどである。
それをあっさりと破ったことや、ソラナ自身も真紅の瞳に見つめられて、快感の沼に溺れさせられた。
「何かの呪術なのでしょうか?」
ロンダール伯爵は眠ったままになっていた女性たちに他に特徴はないか、ソラナにたずねた。
「首すじや左胸の乳房に小さな赤いアザが浮かんでいます。私が見たのは、左胸の乳房にぽつりぽつりと2つ小さなアザができていました」
「なんだろうな。目印かな?」
呪いをかける相手に目印をつける。それは見えないようにつけておく場合から、あからさまに呪物をそばに置く場合などいろいろだが、効果が強いほど目印を呪う相手に認識させる。
魔族ヴァンパイアは咬み痕をわざと残して、獲物だという証を残しておく。咬み傷の傷痕を残して、襲われた相手に吸血された時の快感の記憶を生々しく思い出させる。それがより強いつながりをもたらすことを知っている。
仮死の呪い。
シャンリーは、密偵レナードを使って皇子ランベールに仮死の呪いをかけた。仮死の呪いの眠りに落ちている人の意識は衰弱した状態で、肉体に亡霊や蛇神の障気などに無防備な状態なので宿りやすい状況となる。
「ソラナ、引き続きメスの巣に潜伏してそのゴーディエという者に出会ったら、僕が会いたいと言っていたと伝えてくれないか?」
「わかりました、御屋形様。引き続き潜伏いたします」