混沌とした世界(前編)-3
レナードの治癒やスヤブ湖の祓いの儀式に挑む前に、賢者マキシミリアンから、聖騎士ミレイユや騎士団について話を聞いた。
また、レナードがカエルの化け物と戦ったことから、自分の子を護り手に育て上げるという考えから、在野の才能のある者を集める考えにストラウク伯爵の考えは変わった。
ロンダール伯爵は、一族の掟に従い才能がある「僕の可愛い妹たち」を探し求めている。
のちに、ストラウク伯爵とロンダール伯爵は才能がある人材を見つけ、育成するという考えの一致から、協力し合うことになる。
ストラウク伯爵が危惧した「化け物」の出現は、人が魔族や魔族の眷族となる変化として起きていた。
力を求めるシャンリーは、ローマン王や教祖ヴァルハザードように、美少女エステルの肉体を奪うことに成功していた。だが、魔族へと変化しなかった。
かつて蛇神の神官たちは、蛇神ナーガの伴侶である獣人の女神ラミアの化身となる秘術を実行した。女神ラーナの化身が異界で女神ラミアとなる直前に、肉体を奪うことに成功したが、蛇神ナーガに見抜かれ淫獄の贄に堕とされた。
シャンリーが、リーナの存在と正体に気づき、小貴族の令嬢エステルではなく僧侶リーナの肉体を奪っていたら、シャンリーは、呪術で民を支配するターレン王国の女王となっていただろう。
スヤブ湖の祓いに成功したことで、大陸の平原地帯や大樹海のエルフの王国に、震災が起きることも防ぐことができた。シャンリーは、夜明け前のまだ空に星があるうちに、ストラウク伯爵領から逃亡している。
「僕が考えているのは、蛇神ナーガ、夜の女王ノクティス、愛と豊穣の女神ラーナは、もともとひとつの神だったんじゃないかということなんだ。古代エルフ族は神殺しをしようとして、そうすると世界が消滅して自分たちも消滅しかねないとぎりぎりで気づいたんだ」
「神殺しですか?」
「そうです。ストラウク伯爵、古代エルフ族は多くの魔獣を滅ぼしたと思われます。その後、生き残った魔獣もいたでしょうが、今はダンジョンで生成される以外は、異変として今回のように出現することがあります。おそらくカエル人は蛇神ナーガに隷属する魔獣ですが、まったく別の神と考えると世界に存在できないと思われます。古代エルフ族は、何かしらの方法でひとつの神を殺して滅ぼすのではなく、異界へ追放して分けることに成功した。おそらく、存在しているすべての生物は、もともとひとつの神から命を分けられていることで存在している。だから、心を感じ取ることができるのではないでしょうか?」
「……ひとつの命?」
賢者マキシミリアンの考えならば、マリカの命も、草花や鳥獣、不気味なカエル人も、もともとひとつの命であったが分かれて存在している。すべての命は同じということになってしまう。
「マリカ、私たちは肉や野菜を食べる。そうして体に栄養をつけて生きている。鳥や獣、草花の命をもらって生きているともいえる。それは人でなくても同じではないかな。人が死ねば遺骸はやがて土となり、その土から作物の種が芽吹く。命は姿を変えて世界をめぐっていると考えると、命はすべて同じという公爵様の話はわかりやすいではないか」
「滅びとは、命のめぐる力がなくなり消えさることなのですね」
「ヘレーネは、人は生まれ変わると言っていた。カエル人も、知らずに踏んで枯れてしまった草も、命はめぐり別のものに生まれ変わっているかもしれん」
レナードの記憶で、片腕となり、ふらふらとカエル人が歩いていて、それをレナードが木刀で撲殺していた。
レナードの記憶を伝えられたマリカは、カエル人を憐れんでいた。
(マリカは、祓魔師として生きるには、優しさゆえに向いていない)
ストラウク伯爵はそう思いながら、マリカを慰めるように生まれ変わりの話を聞かせた。
ターレン王国で魔獣が出現したのはスヤブ湖だったが、シャンリーの作り出した試作品の呪物の牡のリングで、商人ロイドか魔族インキュバスになり、ロンダール伯爵の作った呪物の牝の指輪で、ロイドと契約した上流貴族の未亡人ジャクリーヌは魔族サキュバスに変化している。
バーデルの都の奴隷市場の権利を、親衛隊の隊長ギレスと結託してシャンリーを陥れた奪ったフェルベーク白昼は、伯爵は自領の自治権を持つことを利用して、男性が愛し合い、女性は家畜同様の財産として扱う制度を導入した。
シャンリーがターレン王国では、人身売買を禁じられていた法律を、バーデルの都の奴隷市場と奴隷商人のギルドのみ許可するように、宮廷議会の重鎮であったモルガン男爵と改正した。
奴隷商人のギルドは、女伯爵シャンリーを排斥したことで、後任のバーデルの都の執政官となったギレスが代表として存続している。実際は資金提供しているフェルベーク伯爵が奴隷商人ギルドを掌握していた。
執政官ギレスやフェルベーク伯爵は、魔族へ変化しなかった。しかし、ターレン王国の王都を中心とした地震で、バーデルの都やフェルベーク伯爵領で王都ほどではないが死傷者が多数出た影響を心に受けることになった。
バーデルの都は伯爵領となる前は風葬地てあり、蛇神を信仰する信者たちが弾圧に対し内乱を起こし、悲惨な殲滅戦の末に殉死した忌み地を鎮めるために建造された。
執政官となったギレスは親衛隊によってバーデルの都を統制するために、従わない者を罪人を見せしめとして捕らえ拷問で獄死させることをためらわなかった。さらに、震災の復興の資金集めために、市場が闇市となるのを放任した。
フェルベーク伯爵によって闇市を放任していた執政官として、ギレスは陥れられて逃亡することになったあと、暗殺者としてターレン王国の歴史に名を残すことになった。
フェルベーク伯爵はバーデルの都の奴隷市場の復興だけには力を注ぎ、それまで奴隷として扱うことはなかった少年も奴隷市場で売買するようにした。
フェルベーク伯爵領の貴族のお気に入りの少年も奪ったことから領主としてひどく恨まれた。