ジャクリーヌ婦人と4人のメイド-1
ロイドの妻であったメリッサが、ベルツ伯爵領で子爵シュレーゲルと婚姻したので、身分の低いロイドとの婚姻は破棄された。それよりも少し前、ロイドが小貴族の地位を失う前にジャクリーヌ婦人との婚姻をブラウエル伯爵の承認で届け出ていたので、ロイドは伯爵の身分となったが、結婚式を行わなかった。
ブラウエル伯爵と子爵ヨハンネスの結婚は、王都でも話題になった。娘ではなく息子でも、政略結婚に使えるという事実に貴族たちが気づいたからである。
ルーク男爵は息子のヨハンネスが側近ではなく、ブラウエル伯爵の後継者になったが、男性のブラウエル伯爵と婚姻したことに困惑していた。
しかし、ジャクリーヌ婦人の承認の婚姻に異議申し立てをすることは、ジャクリーヌ婦人の勢力の官僚を敵に回すことになると考え認めざる得なかった。
ロイドとジャクリーヌ婦人の婚姻は、ブラウエル伯爵と子爵ヨハンネスの同性婚の話題性に隠れて目立たなかった。
ロイドは伯爵として、それまでのブラウエル伯爵の立場に立つことを一切主張しなかった。
ジャクリーヌ婦人とブラウエル伯爵に任せて、ロイドは伯爵領の政治に関与しないように心がけた。
ブラウエル伯爵と子爵ヨハンネスの婚姻で、自領の統治政策に強い影響を受けたのは、フェルベーク伯爵だった。
フェルベーク伯爵は男性との同性婚を推奨し、奴隷として売買される女性を家畜同然の財産とするものとした。
女性は一生、フェルベーク伯爵領では奴婢とされた。また罪人への刑罰として奴婢への種づけを課した。女性蔑視ここに極まれり、といったところである。
伯爵以外の身分階級は、小貴族、平民、罪人、奴婢と身分階級はあったが、血筋では階級を分けなかった。男性は生まれながらに平民であり、闘技場での闘士として実績を示せば小貴族の身分になることも、罪人であれ恩赦として平民階級に戻してもらえた。血筋で一生ずっと村人と決められる、古い伯爵領の身分制度をフェルベーク伯爵領は廃止した。
ひっそりとロイドはブラウエル伯爵の義父にあたるために、大伯爵様になったのだが、レルンブラエの街の人々も知らない。ジャクリーヌ婦人に気に入られた商人だと思われている。
邸宅にいると交わりを求められるので、昼間は街に出てぶらぶらしている。
ブラウエル伯爵は衛兵隊を訓練育成しており、その一部を自領内の治安維持の任務を与えている。
窃盗団として近くの村などで資金調達しなくて本当に良かったとぶらぶらしていて、ロイドは実感した。ベルツ伯爵領よりも警備が厳しい。
街暮らしと村暮らし、どちらがいいのか考えてみる。どちらも、利点と欠点はある。税金の取り立てと考えるなら、街暮らしは、毎月家賃や飲食費でまとめて大きく取り立てられないので、負担に感じにくい。村暮らしでは、収穫期にまとめて渡すので取り立てられた感じが強い。また収穫物を現金化してもらう必要がある物か、加工すれば一年以上保存できて現金化しなくてもいい物では、保存が難しいものほど相場に左右される。
領地全体の収穫が多い年ほど取引値は下がり、収穫が少ない年ほど取引値が上がる。保存できるものは取引値が安定しているので、納税後に手元に残る現金が予想しやすい。収穫期にならないと相場がわからない作物を栽培している村の暮らしは、収穫期しだいで毎年同じ収穫量があっても、収入が変わってくる。
村全体の収入で分配されるので、多少の収穫量の違いや家族の多い家には少し多めの分配にするなど、地主のさじ加減にも左右される。
村暮らしの場合は村全体の収穫物を分配するので、作業は村人全員が協力しあうのと、困っている家があれば、食べ物や金なども出し合って助けてくれる。
街暮らしではそうした助け合いがない。この分だけ人づきあいが濃いのが村暮らしで、街暮らしでは薄い感じがする。
街暮らしの人が不親切というわけではなく、人づきあいの干渉の方法がちがう。村暮らしのほうが親密になりやすい。
街暮らしで人づきあいの親密さを求めるのは手間がかかる。それとも、干渉されない分だけ気楽と感じるかは性格のちがいもあるので、利点が欠点かは単純に決めつけられない。
ロイドは街の露店で安い食べ物を頬張りながら、通りの通行人をながめながら考えていた。
ロイドについてきた手下たちは、仲間には、村暮らしの癖が抜けないところがある。誰か酒代が足りなければ、一緒に酒場に行った仲間がおごって、全員でつまみを分け合う。
街の住人たちはそれぞれが金を払い、自分の払えるだけの金額の物を飲み食いして、相手のふところ具合は気にしない。
ロイドが街に出てくるのは、暇つぶしが目的が多いが、この日は待ち合わせをしていた。
露店の前に並んだテーブル席で人通りをながめていると、目が合ったルーカスとヘレナが近づいてきた。ロンダール伯爵と関わりがある商人の夫婦である。
「ジャクリーヌ婦人から、手紙が届くとは思ってなかったとロンダール伯爵は驚いていましたよ」
「他に知りたいことを教えてくれそうなあてがなかったからな」
ルーカスとヘレナというのは、女伯爵シャンリーを警戒してニルスとエイミーが使っている偽名である。
「ブラウエル伯爵が結婚した噂は聞きました。子爵ヨハンネスがお相手とか」
左手に牝の指輪をつけたエイミーが、ロイドに話しかけてきた。酒場で指輪を渡された時には何も話さなかったので、ロイドは子供っぽい声だったのかと思い見つめていた。
「ルーク男爵の息子だと聞いた。俺にはヨハンネスの気持ちはよくわからない。まあ、本人たちが納得してるからいいんじゃないか?」
ロイドの返事を聞き、エイミーがニルスの横顔をちらりと見つめた。
「ロンダール伯爵から頼まれた用件は聞いている。ロイド大伯爵様に頼みが」
「おっと、その呼び方は止めてくれ。俺のことはロイドでいい」
「わかった。ロイド、俺たちを子爵ヨハンネスに合わせてもらえないか?」
「ん、知り合いか?」