王都奇譚-2
ブラウエル伯爵は女伯爵シャンリーとは男色家であり、また母親の権力者ジャクリーヌ婦人は、後宮でシャンリーがランベール王の妻妾となった時に同じ未亡人でありながら黒薔薇婦人と呼ばれて国王に寵愛されていたのに嫉妬して、毛嫌いしていたので、関係を積極的に持とうとはしなかった。
ブラウエル伯爵が積極的に関係を持ったのは、同じ男色家のフェルベーク伯爵であった。フェルベーク伯爵領も目に見えない力に対して無防備な領土である。
もしも、ブラウエル伯爵やフェルベーク伯爵が近隣のロンダール伯爵やテスティーノ伯爵と積極的につながりを持ち、協力を求めていれば、目に見えない力があることや、それらの影響で凶運にみまわれないようにする護りについて知ることができただろう。
王都トルネリカの落ち目の宮廷官僚ルーク男爵も、目に見えない力の影響や護りについて何も知らない人物であった。
ランベール王、正確には先代のローマン王の自意識がある亡霊に憑依され支配されたランベール王のように、目に見えない力に心と身体を侵食されつつある人物や、辺境の村人や遠征軍先発隊の男性たちのように自我が崩壊してしまった犠牲者たちと、目に見えない力があることを自覚して祓いの力や護りの力を身につけるザイフェルトやフリーデのような人物もいる。
獣人族の女戦士アルテリスや、はぐれオークと母性と感応力の強いルーシーとの間に産まれた騎士ガルドのように特殊な血統の見えない力を持つ者もいる。
王都トルネリカは、蛇神の神殿があった都を、支配していた女神官たちを討伐して王都とした歴史を、子爵リーフェンシュタールや子爵カルヴィーノは前世の記憶として把握している。
ランベール王は13代目の国王であることから1代を約30年とすれば、約390年以上の過去の真実の歴史を、ルーク男爵は知らない。
見えない力を利用した者や身を滅ぼした者がいた真実を、想像すらせずに生きている。
王都トルネリカは、蛇神の異界とつながる魔力の門と伯爵領よりも近い。辺境のように魔力の門が開かれ、具現化した触手が人を襲ったりはしてはいない。ランベール王の身体が変化しているのは、蛇神の力を利用した呪詛を施したことや、禁忌を犯した教祖ヴァルハザードの記憶を受け継いだことによる影響である。
兎が怒った時のように足を激しく踏み鳴らして地をならしたり、歩行することで地を踏む浄化の儀式の呪法がある。
蛇神の神殿があった土地を訪れた者や暮らす者が歩くことで、儀式をしていることを知らずとも鎮める儀式が行われ続けるように、王都トルネリカを建造した。
同じ儀式の呪法は、激戦地であった土地に、バーデルの都を建造することで施されている。
辺境には、聖騎士ミレイユがゴーレムの馬に村の土地を歩かせることで、障気を踏み祓わせる神聖教団に伝わる神馬の法術を施したアドラムの村もある。
王都トルネリカはゴーレム馬ではなく、来訪者や住人たちが、障気を踏み歩くことで知らずに浄化する効果をもたらされていた。
感応力があるアルテリスが、バーデルの都で感じた体調の悪化や違和感と同じように、王都トルネリカに感応力のある者が訪れたとすれば、やはり体調の悪化や違和感を感じるだろう。
女伯爵シャンリーはバーデルの都で虐殺を行い、さらに賭博場や遊郭、奴隷市場を作ることで、鎮めの呪法を破り、虐げられた蛇神の信者の怨念を呼び覚まそうと試みていた。
ランベール王の命を呪詛でいつでも自分が望む時に奪えるようにしたことで、シャンリーは王都トルネリカから離れた。ローマン王の亡霊の愚行によって、王都トルネリカの鎮めの呪法が破れるのを待つことにしたのである。
強い呪法を破ろうとすれば、失敗すれば命の危険がある。鎮められている怨念が強いほど、鎮める力も強い。
禁忌を破る術者には、凶運による災いが降りかかる。
王都トルネリカの呪法破りの代償は、ランベール王が凶運を受けている。バーデルの都の呪法破りの代償は、女伯爵シャンリーの前任の領主のバルテット伯爵の一族が凶運を引き受けている。蛇神の呪力を得るために自分が命を落とすわけにはいかないと、女伯爵シャンリーは考えていた。ターレン王国に、蛇神の女神官の女王として君臨する野望を、女伯爵シャンリーは抱いている。
ロンダール伯爵には、我が身に凶運が降りかかることで、身代わりとなる腹違いの妹で愛人のメイドのアナベルや「僕の可愛い妹たち」に災いが降りかかることを警戒し続ける用心深さがあった。
ジャクリーヌ婦人は陰謀をめぐらせるが目に見えない凶運に対する警戒心は欠如していた。母性や感応力よりも、快楽を求める心や怒りや憎しみや嫉妬などの感情が強い女性である。
王都トルネリカでモルガン男爵を暗殺の機会を狙っていた令嬢ソフィアは、騎士ガルドと出逢うことで凶運から逃れた。モルガン男爵は、王都トルネリカの後宮で令嬢ソフィアの襲撃を受けていれば、ランベール王にソフィアは代償として奪われることになるが、生き残ることができた。
王都トルネリカの貴族たちは、ランベール王の統治していた時代にどのような暮らしをしていたのか。辺境の村人たち、パルタの都の小貴族、伯爵領に暮らす貴族や庶民たちとはちがう習慣や常識があった。乱熟した貴族たちの華麗な社交界があり、舞踏会が行われ、貴族たちの常識では、恋愛と結婚は切り離されて考えられるようになっていた。
君主や官僚が政務や宮廷会議、外国使節の謁見や国家的な儀式などを行う外朝部分と君主と愛妾たちが暮らす私的な内廷部分の後宮に、王宮は大きく2つに分かれている。
しかし、舞踏会が行われる大広間や手入れの行き届いた美しい庭園は、どちらでもない特別な場なのだった。
貴族でもそれなりに裕福で、宮廷官僚としての立場がある者たちが、外朝部分では派閥や利害関係があれど、社交の場では歓談し、料理を食べ酒を飲み、楽団の奏でる演奏に耳を傾け、踊り子たちの舞いを観賞する。
夜12時に舞踏会が閉会し、貴族たちは邸宅へ帰ってゆく。