婚姻儀式祝福魔法とパンケーキ-4
「ふふふ、もしもの時は、リーフェンシュタールが伯爵になり、ヘレーネが伯爵婦人になるだけであろう。もし刺客が命を狙うとすれば、私ではなく後継者のリーフェンシュタールを狙うだろうがな。しっかり自分の身を守ることだ」
子爵リーフェンシュタールと子爵シュレーゲルが顔を見合せて苦笑した。
「姉上、僕がザイフェルトのふりをするのはわかったけど、フリーデのふりをするのは誰?」
「それはまだ内緒……というか、まだリヒター伯爵領に来ていないけど、結婚式の日に来た人たちの中にいるはずよ。もしも、結婚式の日に来ていなかったら……」
ヘレーネがカルヴィーノの隣に座っているシナエルの顔をチラッと見た。
「ええっ、私ですかぁ?」
リヒター伯爵の邸宅の食堂で集合し、結婚式の打ち合わせをするはずだった。ところが、いつの間にか、まったく別の打ち合わせになっている気がするシナエルなのだった。
「ヘレーネ様、俺たちはリヒター伯爵領に残るべきなのでは?」
「ザイフェルト、どれだけ腕に自信があるのかわからないけど、貴方はもう子供の頃から祟られているのを忘れてないかしら。ストラウク伯爵に会って、しっかりと相談してきなさい」
「……わかりました」
ヘレーネが不思議なことをしたり、言ったりする変わった人なのは、シナエルもシュレーゲルから聞いていた。
(ちょっと、今、ヘレーネ、祟られているとかなんとか言ったんですけど。私、お化けとか、そういう話は苦手なのに)
シナエルが動揺してカルヴィーノの顔を見つめていた。視線に気づいたカルヴィーノがシナエルの顔を見た。
カルヴィーノの笑顔を見て、シナエルは少し落ち着いた。
「あの、伯爵様。小貴族の家の女の子が村の男の子のことが好きだった場合は、結婚できますか?」
シナエルの質問にリヒター伯爵が、考え込んだ。全員がシナエルのことを見つめている。
ヘレーネだけが口元に微笑を浮かべているけれど、カルヴィーノまで驚いた顔をしていた。
「シナエル、もう少し詳しく、私に事情を説明できるかな?」
「あ、はい、伯爵様。街の食堂の常連のお客さんが最近増えて、昼間に街の女の子たちが来るようになったんですけど」
昼間は店が暇なので、厨房でパンケーキを焼いてシナエルが食べていた。レルンブラエの街では普通にどこにでもあるのに、トレスタの街にはパンケーキを食べられる店がなかった。
蜂蜜が厨房にあったので拝借して、店長のクルトからあとで「こらっ、蜂蜜を使うなら蜂の巣から自分で採取してこい、これはちょっと高い食材なんだぞ」と文句を言われることになる。
このシナエルが、たまにやたらと食べたくなる蜂蜜をかけたパンケーキを目当てに昼間、食堂へ街の女性たちが来るようになってしまった。
「店長、まだ蜂蜜あります?」
「来月から3倍は取り寄せないと……たしかに悪くないが、こんなのがこんなに人気が出るなんて」
クルトは自分の自慢の料理より、手軽に作れるシナエルのパンケーキが人気になったので、ため息をついてパンケーキを焼いていた。
蜂蜜の在庫を考えて、1日で決まった数しか売らなかったことも、店に行けばいつでも食べられるわけではないと評判になっているようである。
「蜂蜜のパンケーキ……エマ、知っておるか?」
「ブラウエル伯爵領ではどこのお店でも出してますが、なつかしいですね」
「エマ、作り方をシナエルから聞いておいてくれ。食べてみたい」
街の女性たちが集まって、パンケーキとお茶を頼んで雑談が終わると家に帰る。店長クルトの無愛想だが、たまに見せる笑顔や気づかいが街の女性たちに発見され、パンケーキ以上に人気になっているが、本人は気づいていない。
「シナエル、あの客、パンケーキを頼んで、一口しか食べないで窓の外をぼーっと見てる。ちょっと話してこい」
雨の日の昼間は、天気の良い日に比べると客が少ない日がある。そんな日に、窓の外をぼんやり見ているまだ20歳よりも若い女性客がため息ばかりついているという状況に、店長が耐えかねてシナエルに言った。
「店長が行けば?」
「俺が行ったらこわがって帰るかもしれないだろうが」
「しょうがないな〜、蜂蜜たっぷりでいいですよぉ」
「ちゃっかりしてやがる。わかった」
シナエルは雨の日に来た小貴族の令嬢ロッタから、恋の悩みを聞いた。
小貴族のロッタは、ペオル村の村長の息子サムリに恋をしていた。ペオル村で雑貨など必要な物があると、ロッタの父親の商館へ注文したり、荷物の受け取りにやってくる。
荷馬車の荷台で、ふたりは隠れてキスをしたりしている。小貴族の令嬢にサムリは告白されて、初めはとても困惑して断られた。しかし、ロッタに駆け落ちしてもいいとまで泣いて言われ、サムリはロッタのキスを受け入れてしまった。
村人の男性は、村の住人の女性と結婚する。小貴族の令嬢は、貴族の家柄の男性と結婚する。それが常識になっている。
サムリは村長の息子で、他に兄弟がいない。ロッタには8歳ほど歳の離れた10歳の弟がいるので、跡継ぎは問題ない。
「サムリは、駆け落ちはできないって。それに街に顔を出せなくなったら、村の仕事ができなくなるって言うの。サムリの言ってることのほうが正しいのは、私だってわかってる。でも……」
シナエルがパンケーキを店長におかわりしながら、涙目になっているロッタの話を聞いていた。
(ん〜、これは、女の子のほうは本気なのに、男の子のほうが遊びなのかな?)
シナエルが小声で、ふたりは交わったことがあるのか質問してみた。
ぶんぶんと顔を真っ赤にして、ロッタが横に顔を振った。
(若い男の子が手を出してないのに、キスだけで責任取って駆け落ちって言われたら、男の子は困ってるかもね)
「今度、サムリと一緒にお店に来てよ。ロッタの話だけじゃ、ちょっと、よくわからないから」