教祖ヴァルハザードの淫夢-6
バルテッド伯爵の身内の3人を恩赦で、准男爵の爵位を与えてバーデルの都に赴任させ、女伯爵シャンリーにはゼルキス王国の頑固者を懐柔させて、辺境地域の新領主にする。自分の領地を確保するためなら、さすがにシャンリーも手抜きはしないはずだと考えていた。
バルテッド伯爵から奪ってきた3人は、モルガン男爵にも体を許して、見返りにバーデルの都へ執政官だか領主として帰るという希望が失われて、心が荒んで、壊れてしまったような状態になってしまった。結果的に3人は、モルガン男爵に体を好き放題に弄ばれただけで、約束を反故にされ、裏切られたようなものだ。
執政官は、厳密には伯爵のように自治権を持たない。宮廷議会の指示に従うのが基本で、指示がない場合は執政官は代行者として問題の処理を行う。
問題が処理できなければ、その責任は執政官個人が負う。そして、新しい執政官が赴任される。
伯爵に自治権を与えているのは国王なので、最終的な責任者は国王ということになる。
バルテッド伯爵から奪ってきた3人を執政官にしておけば、暴動騒ぎはなかったのではないか。
暴動の鎮圧ということは建前にすぎず、シャンリーが領主として周囲の伯爵たちから認められるようにする目的で、都の住人を殺害して見せしめにしただけではないか。
本当にバーデルの都の住人が暴動を起こしたとして、執政官3人を殺害していたとすれば、パルタの都を占拠しているガルドに暴動騒ぎの鎮圧を命じておいて、パルタの都に新しい執政官を派遣することで、ガルドには騎士として女伯爵シャンリーの配下として、一緒にゼルキス王国から辺境地域をターレン王国の領土化と開拓を命じることができた。
ローマンには、自分の望みとは別のことも考えなければならないことが多い。
ローマンの望みは、夢の中の怪物ヴァルハザードのように、後宮の妻妾ではない後腐れなく、たとえローマンが血を啜りすぎて殺してしまっても問題にならない女性たちを確保するということである。
バルテッド伯爵の身内の3人の妻妾が生きた人形のようになったのは、血を奪いすぎたせいか、3人が生きることに絶望したからなのか、あるいはその両方なのかは、ローマンにはわからない。
ローマンは、もう壊れかけの妻妾3人と他の妻妾からつまみ食いするだけでは、幻や夢の影響で、体が変化してしまい快楽と陶酔と血を求める渇きをどうすることもできなくなりつつあった。
(私は、ローマン……のはずだ。だが、肉体はランベールのものだ。そして、血を求めるこの心……私は、ヴァルハザードになろうとしているのか?)
3つの存在があった。
ローマンであったもの、ランベールであったもの、そして、ヴァルハザードであったもの、それが、今、ひとつの存在となっている。
(かまうものか、それが私なのだ!)
ローマンは、空を見上げた。雲が低く立ち込めている。感じる風が湿り気を帯びている。じきに、雨が降る。
自分の名前が刻まれた墓石の前から、城下街へ戻るために馬車に向かって、彼は歩き始めた。
自分は今、夕暮れ時のこの雲の立ち込めた空のようなものだと思った。
夕暮れは、昼間や夜に比べれば、すぐに過ぎ去ってしまう。天候も、月夜もあれば、嵐の夜もある。ヴァルハザードの記憶も血を求める渇望は心のなかの嵐のようなもの。
「城へ戻る前に、街で降ろしてくれ。城へ戻っていることにしておくように。しばらく、城を離れて一人で考えたいことがある」
馬車に同乗しているのは、ゴーティエという男爵で、いわゆる名門貴族の血統の人物である。
モルガン男爵は26歳で官僚となり、かつてのヴィンデル男爵のまとめていた宮廷議会から、名門貴族による宮廷議会へと作り変えようとしてきた。
ゴーティエ男爵は廷臣ヴィンデル男爵の曾孫、まだ27歳の若き男爵である。
ローマンが王に即位したのは17歳、ローマン王32歳の時に、ヴィンデル男爵が68歳で亡くなるまでは、ターレン王国の宮廷議会による実権は、廷臣ヴィンデル男爵が握っていた。57歳でローマン王は崩御。
ランベール王の即位は21歳。先日の誕生日を迎え、現在22歳。ゴーティエ男爵は、ランベール王より5歳ほど歳上の廷臣である。
ゴーティエ男爵の容姿や雰囲気は、ヴィンデル男爵の曾孫にあたる人物のためなのか、とても似ている気がする。
「ゴーティエ男爵、曾祖父ヴィンデル男爵が68歳で宮廷を去り、モルガン男爵が51歳で亡くなった。私の父上は57歳だった。私の父上と同じ年齢までゴーティエ男爵が生きるとすれば、あと30年ほど廷臣として仕えることになるな」
ゴーティエ男爵は自分より歳下のはずのランベール王が、自分より歳上の人物のように感じる瞬間があった。
「さて、どうでしょうか。陛下があと30年生きれば、私も宮廷に出仕するでしょう。しかし、陛下がいなければ、平民暮らしに戻らせていただきます」
半年前に見つけ出し、出仕するように誘い、今は王の側近として仕えている。血統からいえば名門貴族の人物だが、在野の士でモルガン男爵からの誘いには応じなかった。
モルガン男爵は若い頃に、ヴィンデル男爵の孫娘の未亡人と関係を持ったが、未亡人は自殺した。ヴィンデル男爵が亡くなってから、モルガン男爵は出仕し、やがて宮廷議会の重鎮となった。
ゴーティエ男爵は叔母のイルダの日記を当時、解雇された侍女クラーラから入手していた。
そのわだかまりがあり、モルガン男爵の誘いをゴーティエ男爵は断った。
この未亡人イルダの日記をゴーティエ男爵は、学者のモンテサンドに渡した。
モンテサンドの弟子に中流貴族のディオン男爵という人物がいた。
ディオン男爵はゴーティエ男爵にも宮廷議会の官僚にならないかと誘っていた。廷臣ヴィンデル男爵の曾孫という肩書きを背負う覚悟がまだゴーティエ男爵にはなかった。だが、学者モンテサンドと話して、覚悟ができた。
ゴーティエ男爵はランベール王に仕える側近となった。