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Sorcery doll (ソーサリー・ドール)
【ファンタジー 官能小説】

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預言者ヘレーネ-8

すると幌馬車で到着した獣人娘のアルテリスは、馭者席から飛び降りると、家の玄関前で大声を張り上げた。
レチェがビクッと毛を逆立て、起き上がり、玄関の方を見ていた。

「こらぁ、マリカをいじめた泥棒猫のヘレーネ、家から出てきて、あたいに顔みせろ!」

ストラウク伯爵とテスティーノ伯爵が、思わず顔を見合せた。
いきなり「泥棒猫」と呼ばれたヘレーネは、レチェを抱きかかえた。なんとなくレチェが、声のした方へ走り出しそうな気がしたからである。

「おぬし、山賊にでもあとをつけられたのか……なにやら、とても怒っているようだが」
「兄者がマリカを泣かせたからだ。今、外で怒鳴っているのは、私が連れてきた客人だ」
「ちょっと、失礼します」

ヘレーネがレチェを抱えたまま、家から出て腕組みをして立っているアルテリスの前にやって来た。

(なんだ、泥棒猫の女が、ネコを抱えて来た?!)

「アルテリス……ですね?」
「なっ、なんであたいの名前を、ああ、そうか、伯爵様から聞いたんだな?」
「ちがいます。レナードをここに連れて来たのですか?」
「なんだよ、レナードのことも伯爵様から聞いたのか?」
「ちがいます。まさか、こんなに早く貴女に出会えるとは思いませんでした」
「前にどこかであたいに会ったこと……ないな。でも、変だな。初めて会ったような気がしないね」
「アルテリス、貴女はどこから来たか言えば、私のことを思い出すかもしれませんね……火の神殿アモス」
「アモス?」

アルテリスがそれを聞いて、まじまじとヘレーネとレチェを見つめてから、きっちり三歩、目を離さずに背後にゆっくり下がった。

「あんた、性悪女か。なんだい、あたいとやろうっていうのかい!」

家から出て来たストラウク伯爵とテスティーノ伯爵が、ふたりのやりとりを見ていて、一瞬、ひやりとする強い殺気を感じた。

「その呼ばれかたもなつかしい。アルテリス、少しは私のことを思い出してくれたみたいですね」

ヘレーネが微笑を浮かべて、レチェを地面に降ろした。レチェが毛を逆立て、アルテリスを睨みつけて身構えている。

「見た目もずいぶん変わったけど、あんたの肌の色と髪の色だけは同じだね。性悪女、あんたも飛ばされて来たってわけかい?」
「ちがいます。アルテリス、私はこの時代に、生まれ変わったということです。レチェ、大丈夫、もう彼女と戦うことはないですよ」

ヘレーネはレチェの首のあたりをつまみ持ち上げると、四肢を丸めた姿勢のままレチェが持ち上げられた。

「うにゃう」

レチェは少し間の抜けた声で鳴いたあとで、ヘレーネに抱きかかえられた。

「おーい、ふたりとも、少し話を聞かせてもらおうか?」

テスティーノ伯爵がアルテリスとヘレーネに声をかけた。ふたりが同時にテスティーノ伯爵の顔を見つめた。

「伯爵様、何も性悪女にされてない?」
「人聞きの悪い……今はヘレーネという名前の、すっかり別の人間ですよ」
「マリカ、スト様を好きな気持ちは、絶対に性悪女に負けないから大丈夫。スト様のそばに行きな!」
「はいっ!」

マリカがヘレーネのそばを走り抜けていき、ストラウク伯爵に抱きついた。

「……スト様、こわかった」
「ああ、そうだろうな。私でも目の前であんなやりとりをされたら、冷や汗が止まらなくなっていただろう」

マリカとストラウク伯爵が抱き合ったまま、小声で話している。
テスティーノ伯爵は咳払いをひとつすると、マリカはストラウク伯爵から父親の視線を感じて、ハッとして顔を赤らめて身を離した。
アルテリスがその様子を見て、ニヤリとヘレーネに笑いかけた。

(性悪女、あのふたりの関係は、あんたに壊させないからな!)

ふぅ、とヘレーネはため息をひとつこぼすと、すたすたとアルテリスに近づいて話しかけた。

「貴女が連れてきた人はこの中ですね」
「ああ、酷いことになってるが、脱け殻じゃない。まだ助けられるんじゃないかと思って」
「自分じゃ無理だから、ストラウク様になんとかしてもらうつもりなのですね」
「あたいは伯爵様が、親切に治療してくれそうな人を紹介してくれるって言ってくれたから、うれしくて」
「ふふっ、伯爵様ですか。貴女でも男の人に惚れることがあるのですね」
「なっ……いいだろっ、あたいだって、ちゃんと女なんだから!」
「とても興味深いですね。獣人の貴女を惚れさせるなんて」
「手を出したら許さないからな」
「あ〜、こわいこわい。こんなに可憐で儚げな乙女を威嚇するなんて」
「チッ、変わってないな」
「それはおたがいさま。生きていてくれて良かったですわ」

かつて、太陽や火を崇拝する宗教の神官で、聖獣師の女性がいた。獰猛な獅子の使い魔が敵対する信仰を持つ者たちを虐殺して、小国ひとつを彼女の聖獣のみで制圧したこともある。
神聖教団が布教されるよりも古い時代、獣人たちの国が平原にあった。そして、太陽と火を崇拝する宗教を持つ褐色の肌と黒い髪の魔導師の大国が、この獣人たちの大国と同盟を結んだ。
人間の小国は、まだ強国のどちらかに従属しているという状況てあった。
魔導師の国と獣人の国、それに対する人間の小国の独立の戦が始まろうとする緊張の中で、ふたつの強国は滅亡する。
人間の国と大樹海の中にあるエルフ族の王国だけになる時代が到来する。
人間の小国は、やがて帝国として統一された。その後、教祖ヴァルハザードを宰相とすることで帝国は滅び、群雄割拠の時代となる。
獣人族は商人か奴隷となる時代のあと、その末裔は平原より北方のルヒャンの都で暮らしている。
ヴァルハザードの死後に火の信仰を持つ民族の末裔は、砂漠より南方の海辺でクフサール王国を建国した。
ヘレーネがアルテリスに告げた聖地の名である火の神殿アモスは、今では砂漠のどこかに砂に埋もれてしまっている。


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