伴侶の選択-2
エルヴィールの自意識が魔石へ宿り、空っぽになった肉体に同化して、憑依していたものは肉体を奪い、エルヴィールのふりをして成りすますには最適な状態だった。しかし、それが魔石以外の何かに妨害されていて肉体を動かせなかったので、生きているうちか、亡くなった直後の肉体から魔力だけを奪い、障気となって、次の獲物を探すために憑依して異界から来たものは逃げ出した。
憑依したものが心を壊すか、気持ちにつけこんで心に同化しなければ肉体を奪えず、気持ちを重ねたマルティナは、魔石をふたりの魔力を使い肉体に融合して、壊れかけていた心からエルヴィールの自意識を呼び覚ますことができた。
「神聖教団の聖地は儀式を行うために適している場所。感情や思念の力が魔力として強く世界に影響を与えるところ。憑依していたものは、自意識と思念がない空っぽのエルヴィールの体を動かせなかった」
ロエルは、エルヴィールが生還したあとから何が起きていたのかを、マルティナに説明してみせた。
マルティナはエルヴィールに憑依していたものが、心につけこみやすく同化しやすい相手に憑依して犠牲者を出し、肉体は持たない怨霊となったが、聖騎士ミレイユの魔剣ノクティスによって消滅させられたことをロエルに語った。
「神聖教団の聖地からは逃げ出せず、憑依しても肉体は奪えず、犠牲者を死に追い込むほど絶望させた。悲しみや絶望の思念も魔力として呪いとなれば影響力がある。ミレイユはノクティスと同化している。かなり魔力が強い。たぶんミレイユに憑依しようとして、ノクティスの逆鱗にふれた」
マルティナには、ロエルが神聖教団の神官とは使う言葉はちがっていても、共通する考えを持っていることがわかった。そして、魔石や魔剣に関する知識は、神聖教団の知識よりも、ロエルのほうがより詳しく理解していると感じられた。
「そのペンダントは、姉さんの遺品?」
「そうです。でもそのことは誰にも話したことがないのに。なぜ、お分かりになったのですか?」
エルヴィールは聖騎士の試練へ挑む前日に、自分が大事にしていたペンダントをマルティナへ贈っていた。
「そのペンダントの中央にあるはずの飾り石だけが、ひとつ失われている。そこに嵌め込まれていたのが、姉さんに使った魔石……色は深紅で玉石?」
マルティナは、ロエルの顔をまじまじと見つめた。ミレイユにも、儀式に使った魔石をどうやって手に入れたのか話したことはない。ミレイユが血だまりから魔石を見つけてくれた時は、血塗れだったので形状や大きさはわかっても、色だけはわからなかったはずである。
「窪みのかたちが深く丸い。半分以上、深く嵌め込まれていた。金属の車輪の中央に魔石ラトナンジュの飾り石。そのペンダントは運命の輪、または日輪。船の舵輪の意味もある。日が沈んでも朝には日が昇るように、また日の動きで方角を知るように、身につける者が幸せに迷わず導かれるようにという祈りが込められている」
「このペンダントは、そんな祈りの意味があるものなのですか?」
マルティナは、ペンダントにどんな願いを込めて贈られたのかも知らなかった。飾り石に強い力を感じて、魔石だと気づいた。強引に飾り石を外して使った。
「魔力を体に巡らせるのに、血の色の魔石ラトナンジュは合っていた。血は体を巡るものだから」
幸せになれるように迷わずマルティナが生きられますようにという祈りが、エルヴィールから贈られたペンダントに込められていた。
「でも、ペンダントの魔石は消えてしまいました。私は迷ってばかりです」
「魔石は消えた。でも、贈った人の貴女に幸せになってほしいという願いは、そのペンダントからわかる」
ルディアナから告白された時、マルティナは、ペンダントには船の舵輪の意味もあると、細工師ロエルから教えられたのを思い出していた。惚れこんでくれているルディアナは、故郷では海を渡る船長なのは、偶然にしてはできすぎていると思った。
迷いがあるうちは、焦って無理にパートナーを決めても意味がない。
すでにロエルとマルティナは、休暇後の会議の前には、祓魔師の乙女たちの魔力強化について意見を交わし合っていた。ロエルには、リーナの意識を保持させたまま錫杖と魔石を融合させ、賢者の石を錬成した経験がある。リーナの意識を認識しながら、融合や錬成を発生させる魔力の流れにリーナの意識が吸収されてしまわないように、感覚を重ねる。失敗すればリーナの意識だけでなく、ロエルの自意識も、魔力の流れに吸収されてしまう危険があった。
マルティナは、リーナの意識を感知し続けた感応力と、錫杖や魔石の魔力を制御したロエルの細工師の熟練した技術力に驚くばかりだった。
リーナの意識を感知し続けるために、術者であるロエル自身がリーナの感覚と同調し続けていたが、それぞれ自分である認識を維持できていなければ、リーナとロエルの意識が混ざり合ってしまう。
ふたりの自意識が維持できなくなれば記憶なども中途半端に混ざり合って、新しい別の自意識のまま、ロエルは肉体から意識を強制的に離脱させられ、魔石の中で魔力とされるために吸収され、いつ起こるのかわからない人としての自我が消える瞬間を待つことになる。
魔力強化は、相手に自分に潜在している魔力があることを認識させるためには、まず、術者の存在感を認識してもらうことから始めなければならない。感応力というと難しい話のように思えるが、手や肌がふれた感じ、聞こえた音や声、見える色やかたち、嗅いだ匂い、味、すべて感覚でとらえた情報を想像することで認識することが基本となる。
何かが認識されると同時に、心には感情が生じる。自分自身と無関係と信じているものによって、感情が生じることはない。すべての物事を自分自身との関係があると感じた時に、ようやく想像して認識するからである。
自分自身と無関係ではなく、とても興味があるか必要があると思う物事しか人は認識できない。