権利-1
……時刻は十時を過ぎていた。
何度も何度も娘の彩花に電話を掛けたが、一向に繋がらない。
嫌な手汗にスマホは滑り、気が遠のいてしまいそうな胸の圧迫感に掌はブルブルと震えていた。
{もしもし。事件ですか?事故ですか?}
母親は警察に電話していた。
池野夏美失踪事件の記憶も新しく、我が娘も其れ≠ノ近い状況になってしまった今、通報以外に有効な手立てなど頭に浮かばなかった。
『事件です。今朝七時半に家を出た娘が、まだ高校に着いてないんです。何回も娘の携帯電話に電話してるのに、繋がらないんです!で…電源が入ってないってアナウンスされるだけで……ど、どうしたらいいか…ッ』
スマホの電源が切れているのに気づかないだけ……。
そう何度も自分に言い聞かせてきた母親だったが、感じた事のない不安に呼吸は乱れ、冷静さを失わせるまでに荒れていた。
早口で発せられる言葉は震え、それはすぐに泣き声へと変わっていった。
スマホを握る手には力が入り、まるで発作でも起きたかのようにブルブルと振れてしまっている。
{ご家族の方ですね?落ち着いてください。でしたらそちらの管轄の〇〇警察署に行っていただいて、捜索届を提出してください。身分証となる運転免許証や保険証を持参して、あと印鑑もお願いします。それから娘さんの顔や体形が分かりやすい写真を数枚お持ちいただければ助かります}
通報すれば、直ぐに警察官が駆けつけてきてくれると思っていたが、現実には違っていた。
一分でも一秒でも速く娘の安否を知りたいと逸る母親からすれば、何処か冷たく見放されてしまったような気持ちになっていた。
いや、実際には彩花は未成年なのだから、捜索届を提出すれば即座に警察は動いてくれるのだが、それを知るのはまだ先の話しだ……。
『わ、分かりました。今から行きます』
通話を切った母親は、〇〇高校に電話した。
(もしかしたら今ごろ無事に、登校しているかもしれない……)
その願いは虚しくも絶たれた。
彩花は未だに姿を見せず、行方不明のままだった。
{お母様、落ち着いてください。い、いま教頭先生と代わりますので}
職員室は動揺に包まれていた。
池野夏美に続いて井元彩花までも……。
だが、この騒ぎ≠生徒達に気付かれるわけにはいかない。
まるで彩花を切り捨てるように普段と変わらず授業は行われ、いつも通りの日常を生徒達は送っていく。
まさかクラスメイトの彩花が、今まさに凌辱されているとも知らずに……。