権利-3
(な…なによッ!私をバカにして…ッッ)
悲壮な決意とは裏腹に、風花の腰は退けていた。
あの日の夏美のように屁っ放り腰になり、ガッチリと握ってくる手枷から手を引き抜こうとしている。
それは彩花を弄んだ三人組が、今度はカメラマンとなってレンズを向けてきたからだ。
抱えられたカメラは電源ボタンをピカピカと点滅させて、起動している事を風花に伝えてきている。
撮影開始を告げる無機質な光りに、早くも恐怖心は膨れてしまっていたのだ。
『クククッ……そんなに怖がらなくてイイぜ。4月16日生まれで今年25才になった古芝風花ちゃん?お客様の皆様、この風花ちゃんは可愛い顔してこんな……ほら、報道記者として頑張ってるんですよお?』
「ッ〜〜〜〜!」
鈴木はスマホを弄り、風花の動画をカメラへ向けた。
もう説明などしなくても、あのカメラの向こう側にいる《お客様》には、風花は完全なる《仇敵》だと理解してもらえただろう。
『可愛い声ですよねえ?早く聞きたいですよねえ〜?じゃあご期待通りに……』
「ぶはあッ!ぷはッ!ハアッハアッ」
目の前の鈴木にばかり気をとられていた風花は、背後から近づいていた吉田に気づかなかった。
いきなりボールギャグを外され、ビックリして目を丸く見開いた間抜け面は、カメラにしっかりと撮られてしまった。
口の中に溜まっていた唾液が溢れ出し、それはダークブラウンのタートルネックシャツの胸元に垂れて生地を黒く染めた。
その潤いに輝く唇は、思わず吸いつきたくなるくらいに魅力的だ。
「……ぐッ!……あ、貴方達がやった事、全部公表してやるから!絶対に此処から出てやるんだからッ!」
これを罵声≠セと思っているなら、あまりに幼過ぎる。
しかし、記者としての職責を全うするという意味ならば、どこも間違ってはいない。
『クククッ!?俺らがやった事≠セと?彩花に夏美のDVDを観せてやったけど、他に何かしたのかな?』
「しらばっくれないでッ!!あ、あんな酷いことしておいて、よくそんな台詞をッッッ」
真っ白な前歯を剥き出しにする薄い唇は、プルプルと小刻みに震えている。
睫毛を弾かせながら涙が頬をつたい、それは丸い顎の先端に溜まってポタリと落ちた。
『クックック!風花ちゃんは見てねえ≠謔ネあ?その思い込みの先入観ででっち上げた《酷いこと》ってのは何だあ?俺らに聞かせてみろよ』
「は、はあ?なに言ってんのよ!貴方達は井元さんに……ッ!?」
反論を叫ぼうとした風花は、口籠もってしまった。
確かに自分は見ていない。
彩花への凌辱は確たるものではあるが、その《証拠》というのは状況的な証拠だけである。
そして彩花が居る前で、「井元彩花はレイプされた」と口にする事は出来なかった。
いくら真実だとしても、その台詞を彩花が聞いたなら、ボロボロになってしまっている心を更に傷つけてしまうことになる。
『見てねえなら教えてやるよ。彩花は夏美のDVDを観て、メスブタみてえに発情してオナニーしまくってたんだぜ?』
「なッッッ…!?そ、そんなデタラメな事をよくも…ッ!!??」
絶対に有り得ない状況を口にして、鈴木は笑い出した。
チェーンブロックや鎖を軋ませ、ひっくり返った悲鳴や罵声を繰り返していたのを風花は聞いていた。
そして性器同士が擦れ合う濁音まみれの水音や、肌と肌が激しくぶつかり合う打楽器のような音も……。
『酷いことされてこんな顔≠ノなるかなあ?風花ちゃん見てよ、ほら、この〈達した顔〉をさあ』
「も、もう井元さんに触らないでよッ!な…何を…ッ!?あああッッッ!」
『へへへぇ……発情してイキまくったから彩花ちゃんはこんなコト≠煖魔オちゃうんだぜえ?』
伊藤は彩花の前髪を掴んで上げさせると、その尽きた顔を風花へ向けた。
まるで全てが抜け落ちたように眉毛も瞳も脱力しきっており、ポカンと開いた口からは涎が滴っている。
あの日のかずさを彷彿とさせる不細工なアヘ顔を横から覗き込んだ吉田は、ジュルジュルと音を発てながら唇を奪い、その光景を風花へと見せつけてきた。
その突然の性暴行に風花は再び顔を逸らし、二の腕に顔を埋める。
それは彩花と風花の絆の強さを示す、確たる証拠であった。