チャーム-14
羽ばたくごとに体の方が激しく上下左右に揺れて、頭だけが固定されたようにまっすぐ飛んできます。
視線が動かないので、本人は優雅に飛んでいるつもりのようでした。
「来たね」
大きな羽を開いたままの、最後の滑空だけはなめらかでした。
「へえ。君、呼べるのか」
「うん」ちょっと得意になります。「おまえ、あたしの役に立ちなさい。いい、わかった?」
「わかった」
「こいつはよく君の近くをうろついていたやつだ始末した方がいい」
「でも魔はたくさんのこと知ってるんでしょう」それを利用しない手はありません。
魔に向き合います。「あたしのために宝を探してきなさい。すぐにね」
「そんな」魔は途方に暮れているようでしたが、倒れてるボーイの横に行きます。「ここ」
「そんな近いの」行ってみると、たしかにお宝が落ちています。
「あのね、これはこの人の財布じゃない。こんなのはだめ。ナオのために使うんだよ、泥棒したようなものはだめ」
「そんなこと言ったって、大昔の事なんて知らないし。ぼくのこと何歳だと思ってるの。君といっしょなんだから」
たしかに、あたしだってそんな宝のありかなんて知りません。
「何百歳かのおじさんとかいないの?」
「さあ、僕はずっとひとりなんだ」 それから、急に魔が動きました。「この下に埋まってるよ」
「ほんと? えらい」 どうやって掘ろうか考えました。とりあえず床下収納になっていたのでふたを開けてみます。
雑多なものをどけると、「その箱」魔に言われて開けてみると結構な額のお金が入っていました。
ひと目であたしの稼いだのより、一桁は大きいのがわかります。
「すごい。でも、これってナオのだよね」
「そうだろうね」クロがとがった声で言います。
「これだけあれば十分じゃない。よかった」
「マイ、君はどうしてこれが隠してあったと思うんだ」
「さあ。置き忘れだとか?」
「もういいよ。どうせ、どうにもできないんだ」クロはため息をついて、あたしを動けないように拘束しました。
「ごめんよ。俺はウイッチであることを君に知られてはいけないんだ」
「どうして、互いに同じじゃない。秘密にする理由なんてないし、これからは他の人とできない話もできるのに」
「ごめんよ」繰り返すだけでした。「ただ、これだけは言っておいてあげよう。君がやったあの素晴らしいショーの映像はきちんと消しておいたからね」
「うそ、そんなのがあったの」
「君は疑わなさすぎだよ」
「見たの」
肩を持って引き寄せると、「すごくかわいかったよ」 ささやくように言います。
クロがこのまま抱いてくるのかと思いました。
「君には安らぎをプレゼントしよう。この呪縛から解き放たれるよう、祈るよ」
「でも私は彼に利用されてでも、必要とされるなら助けたいの」
「それは違うよ。それは自分が欲望のまま動くのと同じように、人を堕落させてしまう。君は優しいんじゃない。甘いんだ」
「なに、ばかクロ」ひざを蹴ってやります。
「おい、魔。マイの記憶を消さなくてもいい、淡い夢のように記憶の底へ沈められるか。この1時間ほどでいい」
「ぼくがするの」
「できれば俺が操作した痕跡も残したくない」
「できる」魔はあたしの中に入ってきました。
しばらくして、あたしが起きると、クロが目の前にいました。
ナオの箱をプレゼントのように渡してくれます。
「そこに隠してあったよ。ナオのへそくり。これで君がアルバイトなんかしなくても治療費は出るだろう。もうあんなところへ行くんじゃない」
「行きたかったわけじゃないんだよ。でもしかたないじゃない」
「分かってるよ。でもナオがなぜこれを隠していたかは、考えた方がいいよ」
「クロが、ナオのことをよく思ってないことだけはわかる」
「そうか。では、試してみよう」そういうと、「ボーイの声はこんなか」真似ています。
「もう少し高いかな」
「では、電話をかけてみよう。スピーカーにするから声を出すんじゃないよ」似せた声のまま、ボーイの携帯電話をかけます。
「はい」ナオの声です。
「すんだ」ひと言だけです。
「じゃあ、もう退院してもいいんですね。ずっと寝てるなんて退屈でさ‥」
クロが切りました。
「君はもう充分にやったよ、あとは彼自身にさせるんだ。君がこれから彼とどういう関係になるつもりか知らないけど、一緒にいるつもりならよけいに、彼の責任は彼に負わせるんだ。
そうしないとあいつはいつまでたっても大人になれないよ。それは君の責任だ」クロはいつになく、饒舌です。一度にこんなに喋るのを聞いたことはありませんでした。
「もういいだろ。さあ、行こうか」
一緒に部屋を出ました。
外は明るくなり始めていました。寒さにクロの腕にしがみついてしまいます。
そのまま送ってくれました。