予想外な痴漢犯人-3
「ハーブティよ、落ち着くから飲みなさい」
個別面談室のパイプ椅子に座りそわそわしている公平に、杏奈はいつも自分が愛飲しているお茶を勧める。
降車した駅で杏奈は公平の腕を掴んでいる若いサラリーマンに、担任としてあまり大げさにしたくない旨を告げじっと目を見つめて笑顔でお礼を言うと、彼は照れた様子で軽くうなづき次の電車に乗って去っていった。公平に対しては、放課後に個別面談室に来ることを約束させ、二人も後続の電車で登校したのだった。
杏奈も愛用のウェッジウッドのティーカップに自分の分を注ぐと正面に座り、黙ったまま下を向き目をあわせようとせずにハーブティに軽く口をつける公平に視線を注いだ。
桐山幸平は青翔高校の杏奈の担任するクラスの2年生で年齢は16歳。1年生のうちから県内でも強豪といってよい青翔高校サッカー部のレギュラーとして活躍し、優しげなまなざしとは裏腹な身長180センチでがっちりとした筋肉質の体型を有している。しかも、体育会系で大雑把なようだが実際は繊細な神経の持ち主で細かな配慮もできることから、女子生徒達にはとても人気があるらしかった。成績は下から数えたほうが早いのはご愛嬌。
孝一の弟の一人息子、つまり杏奈の甥でもある。姓が異なるのは弟が成人した後に子供のいない親族の桐山家に養子に入ったためで、校内で二人が伯母と甥の関係であることを知っているものは校長と公平の担任だけだ。
幼い頃にその弟の妻、つまり公平の母親が病死。榊原家と桐山家が近所だったことから杏奈が優奈とまとめて公平の面倒をみることが多かった。
そのせいか小学生高学年くらいまでは杏奈によく懐いていたが、中学生になった頃から杏奈の胸元や太ももに劣情のこもった視線を送るようになったため、杏奈のほうから距離を置くようになっていた。
公平が中学2年の時に告白めいたメールをもらったころがあるが、自分は結婚している上、伯母と甥の関係であり、まだ中学生でもある公平のことを男としてみることはできないからときっぱり断っている。
そうした付き合いだから杏奈が世間体を考慮して公にはしていない、16歳で子供を産んだことを公平は知っていた。
「こうして二人きりで話すのは久しぶりね」
二人きりになるのは公平が中学3年の秋以来だった。引退試合を見に来て欲しいと強く懇願され、その試合でハットトリックを決め勢いづいた公平が帰宅途中の夕闇迫る公園で告白してきたのだった。
中3になり体つきもぐっと男らしくなり1年前とは違い直接「杏奈伯母さん、好きだ、付き合ってください」と迫られ、ここで伯母さんはないでしょうと呆れながらも内心ときめいてしまった杏奈。
その隙をついて公平は急に杏奈を抱きしめると唇を杏奈のそれにギュッと押し付けてきた。おそらくファーストキスだったであろうその稚拙な愛情表現に心を動かされ大人のキスでつい情熱的に応えてしまったことを杏奈は後悔していた。
数年ぶりのキスに肉欲を刺激され舌をねっとりと絡まてしまった後、はっとして公平を突き飛ばし、「ごめんなさい、こういうことは好きな人として!」と叫ぶと走ってその場を去った。
一瞬にして天国から地獄に突き落とされた公平が呆然としてその場に立ち竦んでいるのがチラリと振り返った視界に入った。
それ以来、杏奈は公平と二人きりになることを慎重に避けてきた。今年、杏奈が公平の副担任になったのは全くの偶然である。