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銀彩(ぎんだみ)
【SM 官能小説】

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銀彩(ぎんだみ)-2


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 全裸で椅子に縛りつけられた男がいる。沈鬱な表情してうなだれ、唇の端から微かに涎を垂らしている。顔は……見覚えのある細緻で端正な顔。艶やかな金髪、細く形のいい眉、凛々しい鼻筋。男はわたしが別れた青い目の恋人だった。肩幅の広い小麦色の引き締まった胸郭から、なだらかに続く下腹部と筋肉質の太腿。そして男の中心はわたしが嵌めた銀色の貞操帯で覆われている。誰か気配がする。それはわたし自身なのか、いや、もしかしたら彼がわたしを裏切って婚約した女なのか。わたしの記憶の中の嫉妬がゆらめいている。そのときすっと男の貞操帯で覆われたペニスの根元に鋭い光沢を含んだナイフがあてられる。いったい誰の手に握られたナイフなのか。わたしの手なのか、それとも姿の見えない彼の婚約者なのか。色彩のない憧憬のなかで、銀色の光だけが漂っている。光はナイフの刃であり、男の貞操帯であり、男の肉体そのものだった。男が感じる冷気をわたしは吸い込む。彼は恍惚とした表情に微かな悦びの笑みを見せる。ナイフが男のペニスの根元の皮膚に少しずつ喰い込んでいく。その刃先に気だるい肉感をわたしは感じる。男の顔に女の気配がまとわりつき、わたしを嘲笑っているような気がした。わたしは烈しい嫉妬に襲われる。ナイフを握った掌にぎゅっと力を込めたその瞬間、ぷつりと肉が弾ける音がした………。


夢が途切れるようにすっと消えた。早朝、わたしは作業服を着た男たちの訪問に深い眠りから無理やり目覚めさせられた。わたしは覚めきらない朦朧とした頭を抱え、ネグリジェのまま男たちの前に姿を見せていた。男たちはわたしの姿に戸惑ったような表情をしながらも、わたしの体の輪郭にいやらしい視線をねっとりと這わせた。
彼らはこの邸(やしき)と土地の明け渡しを告げる文書を早口に異国語で読み上げた。この場所には河をせき止めるダムができ、この家はいずれダムの底に埋められてしまうという。以前から警告された話だった。何度も聞かされた話にうんざりしたわたしは彼らを追い返した。何よりも大切な眠りを妨げられたことが苛立たしかった。

長く続いた雨がやんだ。テレビのニュースが、雨季が終わったことを伝えている。密林の中を流れる河の氾濫した映像が流れている。またあの灼熱の光にまぶされた太陽がやってくる。密林のあいだから射してくる朝の陽ざしは、すでにそんな太陽の予感をたっぷりと含んでいた。
突然の男たちの訪問に眠りを妨げられたわたしはとても不快な気分だった。わたしはピアノの鍵盤に触れることなく、ふたを閉じた。湿った空気が首筋を撫でる。指先と身体の感覚が切り離され、内部に溜まった体液がどろりと澱んでいた。
わたしの指先はとても疲れていた。若い頃はそんなことは一度もなかった。瑞々しい指はいつも充たされ、鍵盤の上で芽生え、弾いた鍵盤の音をすべて記憶していた。でも今のわたしの指先には、三日前に行った演奏会の曲の記憶はなく、音の余韻すら残っていない。観客の疎らな拍手と溜め息はわたしにとってとても残酷で、観客の姿は目に焼きついているのに音は聞こえない。ただわたしが最後に押さえた鍵盤の濁った音だけが、まるで泉に滴った雫の音となって木霊のように耳の奥に残っていた。



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