And I Love Her-1
全国的に気温が急上昇し、各地で最高気温がどんどん更新されている。駅前の時計塔に設置された温度計も風邪ひいたときの体温計のような数値を表示していた。
白と黄緑色に塗り分けられた路線バスが並ぶロータリーを左側からまわり、百貨店の角をさらに左へ入って、南北に真っ直ぐ走る目抜き通りに出る。午後の日差しが容赦なく歩道を照りつける。のに、身体が一向に暑さを感じない。異常な緊張感で自律神経がおかしくなっているっぽかった。視界がちょっと白っぽく見えるのも、アスファルトの照り返しの所為だけではないのかもしれない。
地銀のビルとコンビニの間の路地に入る。しのちゃんの母親に指定された喫茶店が路地のどん詰まりに建っている。クリーム色の壁に古代朱の屋根。採光の良さそうな大きな窓。ドアのハンドルを握ろうとする右手が、小刻みに震えている。
明るい調度の店内は横に広く、窓際にテーブル席が、奥側に横長のカウンター席が並んでいる。子供の頃に再放送で見た、双子の兄弟と幼なじみの女の子が出てくるアニメで、女の子の実家の喫茶店がこんな感じの内装だったような気がする。
ドアベルのからん、という音にカウンターの中にいた小柄な女性が振り向いた。白いカットソーを着た、しのちゃんの母親だ。俺は、ちょっと戸惑いながら頭を下げた。ここ、しのちゃんの母親の仕事先?
「暑いのに呼び出したりして、ごめんなさい」
しのちゃんの母親はそう言って、右手奥のテーブル席に掛けるよう俺を促した。店内に他のお客はいない。
ほどなくしてカウンターから出てきたしのちゃんの母親は、俺の前のテーブルに厚紙のコースターを敷き、アイスコーヒーの入った細長いグラスをその上に置いた。グラスの中の氷がころん、と涼し気な音をたてる。
「よかったら飲んでみてください、うちのコーヒー、けっこう評判いいんです」
俺の目の前に腰掛けたしのちゃんの母親はそう言って微笑んだ。いただきます、と、強ばる口を小さく開けて言って、青いストライプが入ったストローでアイスコーヒーをそっと吸った。雑味がなく、無糖のはずなのにかすかな甘味を感じる。おいしい、です。強ばりがまだ溶けない。しのちゃんの母親はそんな俺の顔を見てもう一度微笑みを見せた。
「この店、私の仕事場なんです。といっても昼前から夕方までだけですけれども」
「そう、なんですか」
「この時間ならここでお話ができるかなと思ったんです。二時から夕方まではお客さんもあまり来ないので……」
しのちゃんの母親は窓の外にちら、と目をやり、小さくため息をついた。俺の肩に力が入る。
「しのが、毎日泣いています。あなたに会いたい、って」
なにかが俺の胸の中に両手を入れて掻きむしる。
「お兄ちゃんに会いたい、お兄ちゃんにお歌を歌ってあげたい、お兄ちゃんと一緒に夏休みの宿題をしたい……って。あの子、もともと泣かない子なんです。不満を言わないってことはもちろんないんですけど、泣いて訴えたり、悲しくなって泣いたりっていうことがほとんどなくて。でも、ここしばらくはずっと泣いています」
うつむいた俺の視線の先で、しのちゃんの母親が黒いレギンスの膝上で両手を組むのがテーブル越しに見える。
「家に一人でいると泣いてばかりいるみたいで、ここへ連れてきたりもしてみたんです。そしたら電車の中で、途中でミラモールが見えるでしょ、あなたとメリーゴーラウンドに乗ったりしたこと、とても楽しかったって、また泣いて……」
歯を食いしばった。そうしないと、涙が落ちそうになる。