進展-3
ヤクトリの綱紀粛正どころか組織の解体も仄めかしているらしい。真理子は口を真一文字に結び、部下達は呆然とその事を聞いていた。部長はここに来る直前に上から電話で早期の強制捜査を急かされたと言う。部長は、
「上は明日の強制捜査を望んでいる。」
と言うと真理子が焦った様な表情で、
「1日下さい、強制捜査の準備を怠りなくしたいのです。」
と必死にくらいつく。部長は唸り、
「良かろう、1日の延期なら何とかしよう。」
「だが、明後日の決行は決定事項だ。」
と真理子を見据えて話す。真理子は頷き、
「ありがとうございます。」
「急襲突撃隊を使います、他課の応援も欲しいのですが。」
と話すと部長は頷き、
「必要な人員を明日、午前中までに伝えてくれ。」
「私から他の捜査課に話す。」
と言い帰って行った。真理子は部長が見えなくなるとフゥーと息を吐き、部下達を見回す。瀬戸が強張った顔で、
「早速、強制捜査の準備をします。」
と言い、山川も頷く。真理子は首を振り、
「今日は、早朝から働きっぱなしだわ。」
「先程の急な尾行もして貰った。」
「今日はもう帰って休んで。」
と話す。瀬戸が何かを言い掛けると手でさえぎり、
「大丈夫よ、瀬戸さん。」
「ヤクトリ存亡の危機なのよ、応援は出し惜しみ無く貰えるわ。」
「十分に人員の余裕の有る計画になる。」
と笑う。瀬戸や山川、山田達は苦笑いを浮かべる。真理子は微笑み、
「ヤクトリは無くなりはしないわ、安心して。」
と元気付け待機組以外の全員を帰らせた。真理子は、実際ヤクトリは無くなる事は無いと思った。数々の実績を上げていたし、理解を示す本省の官僚達や国会議員もいるからだ。他所の類似捜査機関を抱える他官庁との張り合いも有るだろうが。
だが、今回の捜査で失敗すれば上層部を含む処分は免れ得ないだろう。当然真理子は、自分が真っ先に対象に含まれると覚悟した。
銀三はコンビニを出て臨時の寝床の有るビルに向けて歩き出した。屋台のラーメンを食べた後でビールを数本とつまみの裂きイカを入れた袋を持っていた。今日は良い事の無い1日だったと思いつつイチからの電話の事を思い出していた。
イチにリュウがサツに駆け込みたいとの話しをしたらしい、イチは銀三にツテが有ると言ったとの事だ。勝手に話して済まないとイチは謝って来たがそれは問題無い。そもそも、そのつもりで例の元喫茶店を監視していたのだ。
不愉快なのはその後だ、リュウは興味を示して銀三に直接を聞きたいと言い出したのでイチはやむなく銀三のスマホの番号を教えたと謝って来た。詳しく話を聞かないと決められないと言われ仕方なく教えたらしい。
リュウは今、スマホを半グレの連中に取り上げられ連絡手段が外出の時に公衆電話から掛けるしか無いと言う。ざまぁねぇなと笑う銀三だったが実際電話が来たのはパチ屋で打っている時で、音がうるさくて聞こえないと言って来たのでやむなくパチ屋を一旦出て話した。
その後が今思い出しても、むかつく話しでチャラチャラした話し方でリュウの為に動いている銀三に礼の一言も無くヤクトリは信用出来るのかと疑われる始末だった。だったら自分でサツに行きやがれと突き放すと話だけでも聞きたいと上から目線で言って来る。
電話を切ってやろうと思ったがイチの顔を思い出し、気を取り直して保護はしてくれる事、取引きするにはそれなりの情報がいる事、取引きすると言っても重罪を犯していれば難しい事を伝えた。
レイプや殺人に絡んでいるなら取引き出来ないかもなと言ってやった。リュウは慌ててレイプは撮影しただけだそれも断れなかったと言い、殺人には一切関わって無いと断言した。自分でそう言えと、ヤクトリへの直通の電話番号を教えようとすると銀三に間に入ってくれと言う。
銀三はヤクトリと直接話すのが怖いのだろうと察し、相変わらずリュウはチキン野郎だと思った。面倒臭かったがイチに約束した手前引き受けた。リュウはまた電話すると言うと、頼むの一言も無く切った。
銀三がパチ屋に入り再び打ちだすが、わずかな投資で出た3回の大当たりを全て飲まれた。挙句追い銭で連続の小魚群で外れると言うレアな外し方をしたので見切りを付け止めた。幸先の良いスタートもリュウの電話で台無しになったと更にむかつく。
銀三はパチる時は、一旦出たら出玉を全て飲まれるまでは席を立たない、トイレにも行かないのだ。あの電話で運が逃げたと思い、しかもその電話も腹立たしい物で踏んだり蹴ったりだった。リュウのヤツは、相変わらずの疫病神だと銀三は思った。
真理子は何とか終電前に目的地の最寄り駅に着いた。部長が帰った後、急襲突撃隊を束ねる旧知の責任者に事情を話し首都圏のチームの他に近隣ブロックのチームの招集を頼んだのだ。真理子達に政治的圧力が掛かっている事が既に耳に入ったらしく最大限の協力を約束してくれ、明日の朝に返事すると言ってくれた。
他の捜査課の課長達にも連絡を入れ協力を要請し、応援可能な人数を聞き出す。いくら部長の要請でも彼等も遂行中の捜査が有り出せる人数も限られる。応援総数が分からないと実際に配置人数と組分けをする瀬戸や山川が困るのだ。それらが終わりデスクワークを済ませるといつもの様に遅く支部を出る事になった。コンビニの近くに来るとスマホを取り出し、
「小田です。」
「近くのコンビニに寄った後、そちらに向かいます。」
「何か有りますか?」
と銀三に電話した。銀三は、
「じゃあ、ビール何本か頼むぜ。」
「銘柄はアンタに任せる。」
「裏口と管理人室のドアは開いてるから、入ったら鍵してくれ。」
といつもより陽気な感じで返して来た。真理子は笑い、もう既に酔ってるのだろうと思った。