はるかぜ公園の涙・家飲み-4
うわやべ。絡み始めると長いんだよな琴美。
「なんかムカつく。あ、カシスグレープフルーツとだし巻き卵と、あとラフテー、お願いしまーす」
日焼けした琴美の顔が酔いで赤く染まっている。居酒屋で食べるモードに入った琴美は、ちょっと制御が効かない。打越でよかった。この先のもっとでかい繁華街で飲んだら帰りが面倒だ、あそこ意外とタクシーつかまらないんだよな。
「あ、あたしんちこっち」
駅前のロータリーに繋がる交差点で琴美が俺の襟首をぐっ、と掴んだ。真っすぐ行けば駅の改札口で、琴美が指差す右方向には狭い路地が続いている。
結局あの居酒屋で二時間半も飲んで、うち二時間十五分は琴美の愚痴と絡みだった。グラスやらジョッキやらが何本半個室に運ばれたかよく覚えていない。ふらふらと歩く琴美の肩を支えながら―オフショルダートップスの肩の素肌の感触を楽しむ、という余裕はさすがにない―やっとこさここまでたどりついた。といってもたかだか三百メートルくらいの距離だけど、酔っぱらいを転ばせないようにして歩くのは結構骨だ。
「大丈夫?こっからならもうひとりで帰れる?」
「は?」
俺の顔の真横で琴美がこっちを向く。ひっさしぶりに嗅ぐな琴美の酒臭い息臭。
「あたし、まだ飲みたりないんだけどな」
「えー」
居酒屋を出るときに見たレジの時計は十一時半を回っていた。今ならまだ終電には余裕があるけど、このペースの琴美に付き合ったら確実に逃す時間になる。かといってオールはきつい。悩み事を忘れるにはちょうどいいけど、アラサーになると徹夜は堪えるんだよな。
「いいじゃん、あたしんちで飲めば。続きは家飲み」
見透かしたように琴美が言う。まあその手があるか。いや待て待て。
「いや、そりゃまずいだろさすがに。お前彼氏いるんだし」
「あんたあたしの話聞いてた?」
肩に置いた俺の手を払って、俺の正面に琴美が向き直る。目も頬も赤らんだ琴美の顔が至近距離に来る。いろいろおいしい状況だけど、素直に喜ぶ場合じゃないような気が。
「なんであんなやつに気遣わなきゃいけないのよ。今日はさぁ、徹底的に愚痴るわよあたし。ほら」
琴美が俺の腕を引いて角のコンビニに連れ込む。氷結を八本くらい買って、そのまま琴美の家に連行される。コインパーキングの隣に建つ三階建てのわりあいに小綺麗なマンションの角部屋が琴美の部屋だった。
ワンルームの琴美の部屋に上がるのはさすがに初めてだ。というか、女の子の部屋に上がるのなんて中1のときにクラスの同級生の家に行ったときにそいつの小5の妹―けっこうかわいかった―の部屋にゲームソフトを取りに行ったとき以来だ。そういえばあんとき、同級生の目を盗んで妹の枕の匂い嗅いだんだっけな、あの頃から匂いフェチだったのか俺。
あんまり女の子っぽい装飾品がない、それでもさすがに俺の部屋よりは片付いている部屋のローテーブルにコンビニで買ったものを並べる。その先から琴美がグラスに氷結を注いでいく。ベッドに背中をもたれて座っている琴美はグラスを半分くらい一気に空けてふぅぅー、と息をついた。やっと腰を下ろした俺の顔にその息がモロにかかるほどローテーブルは小さい。
「あたし、もうあいつと別れよっかな」
早くも三杯目を空けた琴美がぼそっと言う。
「どんくらい付き合ってんだっけ」
「んー、よね……五年目だな。あたしまだ大学生で地元にいたし」
「結構長いな」
「まあ、ね。でもさ、正直去年くらいからちょっとマンネリで」
「ふうん。倦怠期みたいな感じ?」
「倦怠期、かなあ。飽きてきちゃったのかな……あんま濡れないんだよねぇ最近」
聞こえない振りをするには俺の顔は正直すぎたらしい。
「引いてんじゃねぇよ、エロトーク好きなくせに」
「そんなこと言ったっけ」
「言ったじゃんハイボールがめっちゃ濃い店で。あたし初体験の話とかさせられたような気がするんだけど」
覚えてんのかこいつ。
「あたしとのエロトークってエッチ臭くなんないからただひたすら楽しい、って言ってた、そうだ、言ってた。ま、確かにあんたって、そういうこと話しやすいんだよね」
氷結をコップに注ぎながら琴美が言う。これ男として見てないって意味だよな。まあ琴美にエロトークさせるために俺がそういう雰囲気を作っているってのもあるけど。
「で、さ。ここでやるじゃん?」
琴美が左の掌でベッドの上をぽんぽんと叩く。生々しいなおい。
「自分の部屋だからあんまりその気にならないっ、てのもあるけどさ、なんか向こうも当然のごとく、みたいな感じで淡白で。前はさ、いろいろエッチなこととか言ってから手入れたり前戯の時間長かったりしてくれたのに」
「エッチなこととかって、どんな」
「えー、そりゃやっぱ、『琴美かわいいよ、大好きだよ』から始まって、『すっごいエッチな顔してる』とか『俺のちんちんみたいに乳首が立ってる』とか『琴美の濡れたおまんこ、たまんないよ』とか。なんか、AVみたいだけどあたしこういうの結構感じちゃうんだ」
ここまで露骨に淫語が出たことはなかったな。やっぱ他人がいない場所だと言いやすいんだろうか。
「そういうのがないんだ、最近。もういきなり挿れてくるっていうか、自分だけ勝手に出しちゃって終わり、みたいな。さっき言ったじゃんあたしのやさしさが当たり前になってるって。セックスもして当たり前になってんじゃないかって気がする。そりゃ付き合ってんだからするのは当たり前っていえば当たり前なんだけど、あたしだってちょっとはエロい気分になるようにしてあげてんだからさ」
「なにしてあげてんだよ」
「んー、たとえば」