ミライサイセイ act.2 『不安定な球体』-1
いつもあやは、僕の大事なものを壊していく。
初めての恋ごころ。
唯一の親友。
そして、現在の恋人。
浮かぶ彼女は、別れの景色のなか。
下唇を噛んでいる。
だから僕は彼女を憎むことは出来ない。
――― 命に別状はありません
気だるそうに、その医師は言った。緊張の糸が切れた僕は安堵の溜め息をつく。
「ただ、頭を強く打っているので、数日の入院を勧めます」
ミクは近くの救急病棟に運ばれた。軽い脳震盪という診断結果は、きっと喜ぶべきことなのだろう。夜中の病院は静まり返っている。医師から簡単な説明を聞き、「追々、検査をしていきますが、現状を見る限り心配をなさる必要は無いと思います」と最後に励ましに似た言葉を貰う。「ありがとうございました」僕は言い、部屋をあとにする。
薄暗い廊下に、あやが立っている。
今にも泣きそうな表情に、最後に会った校門を思い出す。
夕暮れだった。
卒業証書を手にして、あやは僕を待っていた。
『一緒に帰ろう』そう、いつも通りの言葉をかけてくるのだろう、と思いながら僕は小走りに駆けて行く。絶望に向かって。
その後に交わされる会話は、きっと一生忘れることは出来ない。
「軽症だってさ」
あやに声をかけた。
「・・・そう」
短い言葉のなかに、確かな安堵の気持ちがこもっている。
「元気にしてた?」
「・・・えぇ」
蛍光灯の加減だろうか、三年前に比べ、少し痩せている印象がある。
「ごめんなさい」
俯きながら、あやは言う。「久しぶりに会ったのが、こんな形なんてね」
警察からの事情聴取を受け、相手の具合を気にかけ、今後について考えを巡らせば、自然と頬もやつれてしまうのだろう。
「大丈夫だよ、ミクもすぐに元気になる。それに不注意は彼女のほうなんだから」
時計は午前一時を指している。
明日は講義が午後からなので、ミクのそばに付き添おう。
「あやは、今何をしているの?」
「私?大学を休学中、世に言うニートってやつよ」
「にーと?何で?」
「まぁ、いろいろと、ね」
今の彼女と対峙していると、何か違和感が拭えない。付き合っていた頃は、『私、中途半端なことが大嫌いなの』といった態度が滲み出るような生き方をしていた。高校一年の一学期にして、『好きなんだけど』と面と向かって言われた。直球をミットのど真ん中に叩き込まれ、僕は惚れた。心のなかでアンパイアは叫んだだろう、「ストライク!」
当時、ドラマで「くっつきそうで、くっつかない男女」を描いた物語が流行っていたので女性は皆、まわりくどい恋愛を好むものだと勘違いしていた。
そんなあやが、今は何もしていない生活を送っているという。
返答も空気を掴むがごとく、あやふやだ。
どうして?
聞きたかった。
けれど今となっては、それを聞けるような関係ではないことも理解していた。
「そう、じゃあ僕はミクのほうを見てくるよ」
「本当にごめんなさい。また明日」
あやが遠ざかっていく。
手を伸ばしても届かない存在。
手を伸ばしてはいけない存在。
その頼りない足取りに、かつての面影は無い。
大地、お前、何しているんだよ。
思わず、以前の親友に悪態をつく。