投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

ミライサイセイ
【悲恋 恋愛小説】

ミライサイセイの最初へ ミライサイセイ 5 ミライサイセイ 7 ミライサイセイの最後へ

ミライサイセイ act.2 『不安定な球体』-2

ミクの頭には包帯が巻かれていた。
けれど普段と違うのはそれだけだった。
ドラマに出てくるような仰々しいチューブも、酸素マスクもない、いつもの寝顔だった。僕はベッドの横に備え付けてある椅子に腰を下ろし、その表情を眺める。
「それじゃあ、私は行きますけど、何かあったら呼んでください」
看護婦が病室から出て行く。
「彼女さんですか?」
その間際、看護婦は言った。
「えぇ」僕はすぐに答えた。
「ですよね。彼女を見る貴方の表情で分かりましたよ」
なぜか、したり顔で去っていった。
窓からの月光が、彼女の横顔を照らす。それが美しすぎて不意に不安になり、僕は彼女の手をとる。
トクトクと正確な鼓動。
大丈夫だとは分かっている。
けれど、胸の奥で重く息をする記憶がある。
ひとり、取り残された傷跡がある。
まいったよ、兄さん。まだ僕は、あなたを乗り越えられない。
それは罪。
癒されることを望んではいけない。
知らず汗が流れる。
失くしたくない。
亡くしたくない。
未来こそ最盛たれ。


「あきら、おはようございます」
気が付くと、ミクの笑顔があった。
「あ、あぁ。おはよう。具合はどう?」
どうやら僕は座りながら寝てしまったらしい。背伸びをしながら尋ねる。
「ん。大丈夫。何とも無いです」
「無理はするなよ。これから色々と検査があるらしいから」
「ごめんなさい、迷惑をかけて」
「気にするなって。恋人には甘えておけ」
そう言うと、彼女はふわりと笑った、その笑顔に。
そう、その笑顔に僕は惹かれている。総てを許そうとする眼差しが、僕の傷を塞いでいく。
「夢を見ました」
僕は、両手をポケットに突っ込みながら窓の外を見遣る。「夢?」
「あきらと初めて出会ったときの夢です」
「うん」先を促すように頷く。
「大学の始業式で、席が近かった数人で飲みに行きました」
「うん、行ったね」
「私、初めてだったんですよ。ああいう場所」
ミクは、この街では結構な家柄である。既に留学先が決まっていたにも関わらず、大学を受け、誰の静止も聞かずに一人暮らしを始めた。勝手に進められた人生に嫌気が差した、とは本人談で、だから仲間内で飲みに行くことに興味があったのだろう。適当に誘われて彼女はついてきた。かく言う僕も、あやとの事を忘れたい一心で参加したので、特に彼女を作りたいとかの理由がある訳でもなかった。
「そうだろな、だって居酒屋でいきなりワインを頼むんだもん。みんなビックリしていたよ」
ふふふ、と彼女はまた笑う。
「そうしたらあきら、私の注文を取り下げてビールにしたでしょ?」
「それがマナーだ」
「私、何なのかしら、この人って思ったの」
とんだファースト・インプレッションだ。
初対面で距離感が曖昧な宴会が続く。男性は笑いを取ろうと、少しでも格好をつけようと前のめりになり、女性は品定めをするように話を聞く。
ミクは興味津々で、その行く末を見る。
僕は興味なく、その場を如何にして去るかを考えている。
程なくして女性陣は波が引くように帰りはじめ、ミクひとりが取り残される形となった。男性陣は更に必死に自己アピールを続けるが、ミクの表情が次第に曇り始めると為す術なく黙り始めた。それを機に僕は終了の合図を告げる。


ミライサイセイの最初へ ミライサイセイ 5 ミライサイセイ 7 ミライサイセイの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前