母体の神秘6-3
画面の端っこに巨大なスポイトの先っちょの穴らしき物が映った。
その穴からドロンと重い粘液状の物が溢れ出し、土埃か煙に見えるようなものが舞う。
そしてその土埃みたいなモヤの中から一斉に
以前、顕微鏡アプリで観た事のある活きの良いオタマジャクシ達が
一心不乱に尻尾を振りながら、遥かに巨大なママの卵子に向かって
我先にと突進を始めたのだ。
「ひえ〜〜」
思わず嘆息を漏らしたのは、俺の隣りに座って
先ほどから食い入るように画面を見つめていた松夫の方だった。
それもその筈で、
さっきまでポツンと、ママの卵子一個だけが映っていた画面全体を
あっという間に埋め尽くす、活発な精子達が嫌でも目に飛び込んできたのだ。
元気過ぎる竹太郎さんの遺伝子の運び屋達は、あっという間に
ママの卵子を囲んでは四方八方から襲い掛かった。
卵子を包む丸い帯状の膜が精子達で埋め尽くされた。
『ははは・・やっぱ元気だな〜俺の精子ちゃん達は・・
智美ちゃんの卵子、大人気で引っ張りだこだな』
ママの卵子に群がる自分の精子達を見た竹太郎さんの感想に
俺はふと
(これ、別に松夫の親父のじゃなくて、家のパパのでやれば良くね?)
と今さら過ぎたが、本来あるべき配偶子同士の結合が成されなかった事に
不意を突かれたような胸の痛みを感じるのだった。
でも・・・
ウジャウジャウジャウジャ・・・
そう、俺のパパの精子じゃ
こんなに画面を埋め尽くして卵子を取り囲むような場面は見られなかったのかも知れない。
あの時の顕微鏡アプリで、数も少なく元気なさげに泳いでいた
俺の兄妹遺伝子達の頼りない姿を思い出して
俺は敗北感というか、もはや諦めにも似た感情が滲み出し、
それ以上に優秀な遺伝子の運び屋である竹太郎さんの精子が
ママの卵子にくっ付く瞬間を見たいという感情が湧き出ていたのだ。
しばらくの間ママの卵子は、竹太郎さんの精子達に蹂躙され続けていたのだが・・
「あーっ!」
松夫が叫んだのと同じタイミングで
俺も間違いなく目撃した。
ママの卵子を包囲していた竹太郎さんの精子の一つが
ぷちゅんと頭を突っ込んで、卵の中に潜り込む事に成功したのだ。
とうとう竹太郎さんとママが遺伝子レベルで結ばれてしまった瞬間だった。
卵子の中に一つだけ漂う精子の頭の部分・・・
その中には竹太郎さんや松夫の一族の情報が沢山詰まっていて
ママの卵子の中で二人の遺伝子をくっ付け合い
竹太郎さんとママの情報を受け継いだ新しい一人になっていく
生命の営みの終着地に辿り着いたのだった。
すごく悔しいけど、ママが竹太郎さんと二人で作り上げたその場所に
「赤の他人である」俺のパパの入り込む余地は存在しなかった。