カルテ1 藤堂倫 27歳 新聞記者-3
・・・3時間前・・・
佐伯幸介との待ち合わせ場所へ向かっていた。
退社後とはいえ初夏の太陽はまだ高く、強い日差しが降り注いでいる。
約束した時刻に少し遅れそうで小走りに歩く倫の額に汗が滲み出しているが、僅かな風にざわめく街路樹が心地良さを与えてくれていた。
だが、待ち合わせの場所に近づくにつれ不安はつのっていく。
このまま帰ろうかと思ってみたりした。
出会いサイトの利用は初めてだが、約束を反故にしても自分のことを知られる心配はなかった。
その程度には注意してメール交換をしたつもりだ。
しかし、胸の奥についた炎が足を止めることをさせなかった。
約束時刻になんとか間に合うと、すでに幸介は待っていた。
笑顔で挨拶する幸介をそっと見上げ観察した。
ヒールの低いパンプスとはいえ168センチの倫だ。
しかし、鼻から上が倫の頭を超えていた。
薄いブルーのストライプシャツに濃紺のスーツを嫌味なく着こなしている。
第2ボタンまで外されたシャツから、胸の筋肉がわずかに覗いて見えた。
糊のきいたシャツとくっきりと折り目のついたズボンが清潔感を漂わせている。
切れ長の一重の目に大きめの鼻、唇は薄くしまっていた。
髪の毛は短めにカットされ、プロフの年齢よりは3つ4つ若く思えた。
決して二枚目ではないが、魅力的な男性だと思った。
並んで歩く二人をすれ違う男女が振り向いていく。
それが心地好くて、不安は消え、嬉しく思う単純な自分に心のなかで苦笑した。
幸介の予約したイタリア料理店に入りワインを飲みながら会話を楽しんだ。
「心と肉体をつなぎますって?」
気を惹いたプロフを質問する。
「その話しは時間をかけて」
「あの、費用は応談って?」
「ああ、心配ないよ。時間をかけて君が開放されたら相談しよう」
幸介が笑顔で答えた。
(開放? わたし束縛されているのかしら。だとしたら何に束縛されているの?)
すぐに考えこむのは倫の悪い癖だが、不思議にそれを突き止めようとは思わなかった。
幸介の話題は幅広く、倫の興味を引いた。
特に大学を卒業した後、インドを巡った話しは、その場に立っていると感じるほど臨場感に溢れていた。
話しながら時折みせる笑顔が魅力的だった。
笑顔になると二重瞼になることを知った。
選んでくれたワインもおいしく、いつもよりオーバーペースに飲んだ。
時間の経過が速く、幸介が時計を気にしているのが切なかった。
倫は誘いを待っていた。
幸介は倫の深窓を開くことは難しいと感じた。
タイミングを間違えるとすべてを台無しにしてしまう。
本意ではなかったがアルコールの力を借りることにした。
羞恥心やプライドのベールを剥ぎ取るには自分だけでは力不足だと思ったのだ。
そして2時間が経過し、幸介は倫の瞳に映る自分の顔を見つめながら誘った。
「ホテル、予約してあるんだ」
直接的だけどさり気無く、清潔感の漂う誘い方だと感じた。
僅かに頭を下げることで幸介の誘いに応えた。