ブラックコーヒー-1
「はい、そこまで。後ろから解答用紙集めてー」
やーっと終わったぁ!
あたしは机に突っ伏した。夏休み明けの全国模試。高校三年生は実に忙しい。
みんなてんでに席を立ち、友達と模試について話をしている。
「那知、帰ろっか」
茉音が笑いかける。あたしは頷いて立ち上がった。
「テストばっかでやんなっちゃうね」
「ホントにね」
飴玉を頬張りながらフラフラ帰り道を歩く。九月とはいえまだ暑い。アスファルトの照り返しが眩しく光る。
「あ、自販機だ。飲み物買ってい?」
茉音が立ち止まった。あたしも横へ並ぶ。
「那知は?テストお疲れってことでおごったげる」
「えっ、ホント!?」
あたしは商品を目で追う。…あ…。
「これ…」
茉音は怪訝そうな顔であたしを見た。
「コーヒー?しかもブラック?那知、飲めるの?」
そう言いながら茉音はボタンを押してくれた。
だってコーヒーは、あの人を思い出せるから…
あの人とあたしの繋がりだから…
「茉音!」
一人の青年が走ってくる。理輝くんだ。茉音の弟さんで茉音の彼氏。あれっ?て思う人もいるだろうけど、細かいことは抜き!!
「なんだよ〜、理輝くんたらあたしと茉音のデート邪魔するの?」
あたしは笑って茉音を理輝くんの方へ押しやった。
「じゃあお幸せに」
手を振り、別れを告げる。いいなぁ…ラブラブじゃないの。あたしは溜め息をついた。
半月前、あたしは光を見つけた。自分を優しく、温かく包んでくれる光。
でもそれは一瞬だけだった。たった一度きり。数時間の幸せ。
それでもあたしの心には小さな燭が灯ったんだ…
もう一度会いたい…そう思っていないと言ったら嘘になる。でも、家に訪ねて行くなんて大それたこと出来る勇気なんてない。
だからあの人に灯してもらったこの燭を消さないよう、大切に生きていくの。
缶を開け、コーヒーを口に含む。
「にが…」
あの時と同じ味がした。
今日は塾はない。でも家に帰っても一人。帰りたくないな…
あたしは憂鬱な気持ちでぶらぶらと町へ向かった。
買い物する気などサラサラ無いが、なんとなくショーウインドーを見て歩く。
秋の新作洋服、ジュエリー。夕日がウインドーを照らし、全てが光り輝いて見える。なんて綺麗…
あたしはそんな様子を見つめながら、道端の長椅子に腰掛けた。
どれだけそうしていたんだろ、辺りはもう真っ暗になっていた。さすが秋の日はつるべ落としと言うだけある。あたしは立ち上がり、また町をふらつき始めた。時計は7時を告げている。お腹減ってきたなぁ。お腹を押さえて立ち止まった時だ、その声が響いたのは。
「あれ、那知?」
温かみのある声。あたしを包む。
「久しぶりだね、元気かい?」
会えなくてもいい、彼の温もりを忘れないでいれればそれでいい…そう思っていたけれど…
あたしは振り向くと同時に全体重を彼に預けた。
「…っ逢いたかった…!」
彼はその細身の体であたしを抱き止める。
「どうしたの、那知?」
あたしは彼の胸に顔を埋めて言う。
「温もりが欲しい…」
彼は一つ、大きく呼吸した。
「那知。俺は…」
「栄太さんの…。栄太さん以外の温もりなんていらない…」
―温もりが欲しい―
それは合言葉みたいなもの。あたしが彼を求める、あたしが彼に抱かれる為の…