覚醒、欲しがる未亡人 本間佳織F-1
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「えっ、本間さん…?」
九月も終わりかけようとしている、ある金曜日。三連休初日のことだった。
時刻は十四時頃。
佳織はスーパーの惣菜コーナーの辺りにおり、カートを押しながら今日の夕飯は息子と何を食べようかと考えているところだった。
名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのはこの街では、まず今までなら見ることの無い人物だった。
佐藤理央。
佳織の勤める会社の、静岡支社に勤務している男だった。
その横には、理央の悪友であろう武島隼人。
理央は黒のVネックのTシャツに、細身のジーパン、ハイカットの白のスニーカー。
隼人は白のTシャツに、スポーツタイプのハーフパンツにナイキのスポーツサンダルというラフな出で立ちだった。
「え、何で本間さんがいるんですか?」
「何で…って、あたしこそ佐藤くんがここにいることにびっくりしてるよ〜。武島くんに会いに来たの?
武島くんが異動で引っ越した最寄りと、あたしの家の最寄りが一緒なの」
「え、僕聞いてないよ、隼人。何それ」
理央は子供のように頬を膨らませている。くりくりとした目、ふわふわの髪の毛。
化粧をすればまるで女の子のようになるだろうと思われるほどに、理央の顔は整っている。
先日の研修で、東京本社の女子社員に声をかけられているところを見ると、相当人気があるのだろう。
「何で、わざわざ先輩と最寄りが一緒だって言う必要があるんだよ。俺んちに泊まりに来てるのに。
――すみません、忙しいところお声がけしてしまって。理央は昼頃、静岡から新宿に着くバスで来てくれたんですけど。移動で疲れてるだろうしどっかで食事でもして、家で飲もうかって話してて。酒買いに来たんです」
不服そうな理央をよそに、隼人は淡々と答える。
その光景を見て、佳織はクスクスと笑っていた。
「何で佐藤くんが不機嫌になるの。研修会の時、挨拶もしなかったって武島くんに言ったらしいじゃない。そんな態度とってたって知ってたら、武島くんだってわざわざあたしのこと話題に出さないに決まってるでしょ」
挨拶さえもしなかったのは、理央が気を使ってくれたからであることは重々承知しているが、意地悪そうに佳織は笑いながら言う。
「なっ、えっ……。違うもん。僕……あんなことがあった後で本間さんに嫌われたくなかったから、声かけなかったのに!」
「理央〜……スーパーで駄々こねるガキかよ……。社会人なんだから挨拶くらいしろよ、マジで……」
その横で隼人が呆れてため息をつく。
「ふふ、まあ誤解も解けたってことで。気にしてないよ。
二人が良かったらだけど、うちの家で息子と一緒にご飯食べない?まだ二人とも買い物してないみたいだし。武島くんに久しぶりに会えたら岳も喜ぶよ。今の時間出ちゃってるみたいなんだけど、夕方には帰ってくると思うから」
「本間さんち?!行っていいの」
理央は、ぱぁっと顔を明るくさせた。